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大マゼラン雲の合体に関するニュースに人間のコミュニケーションを感じる
はじめに
宇宙を対象とする科学は急激な進展をみせている。日々伝わるニュースからこどものころ疑問に思っていたことがつぎからつぎへと明らかにされつつある。
推論や仮定にすぎなかったところに実験や観測の積み重ねによって、真理に迫りつつある。
以前考えられていた以上に宇宙は動的で活発。恒星や銀河さえ衝突や合体をくりかえすという。その姿はまるで人間どうしのやりとりのようだ。宇宙には人間のように出会いがあり、個性がつくられていくのかと思った。
幼少からの疑問
こどものころから宇宙に関する本や番組に接すると、なぞがべつのなぞを呼び、半日は空想に遊べる。すこしでも寿命をのばせればこの「長寿番組」のさらなるおどろきのテーマに接することができるとわくわくしてしまう。
いい歳なんだから、そわそわすべきでないという周囲の戒めもうわのそらで、こどものように新しい天体望遠鏡のカタログをながめるなどしている。
けさ、銀河系のおとなりのマゼラン雲が銀河どうしの衝突をくりかえしてきた証拠に関するsoraeのニュースに接した。ある球状星団を構成する恒星の元素の組成があきらかに周囲のものとはことなる分析結果や運動シュミレーションにもとづいた結論だ。
以前から球状星団の存在は気になっていた。なんでこんなに恒星をぎゅうとかためたものが存在しているのか、小規模の銀河とは何がおなじで何がちがうのか。
球状星団は比較的年老いた恒星から構成されている。しかもそれらの星々の年齢は近いという。これははるか以前からわかっていたこと。ふつうの銀河であれば星の年齢はさまざま。球状星団のようにそろってはいない。疑問だ。
ぶつかり合いの頻発する宇宙
どうも前述のニュースに取り上げられた論文をはじめとして小さな銀河どうしの衝突はごくありふれた事象らしい。その衝突はすさまじいもの。それはそうだ。
気の遠くなるほど数のある恒星のごく一部でもたがいに衝突の影響を受けないはずがない。強大なエネルギーによりそれこそ散り散りばらばらに飛ばされてしまう。
その名残が何百光年ものはるか先まで飛ばされた球状星団。よそ様のうちにいきなり居候することになってしまったようすを今回観察できたわけか。
これを人間世界にたとえて想像するとたしかにおかしいなできごと。朝起きたら、何食わぬ顔して他人様が家族といっしょに食卓のテーブルについているんだもの。
このニュースに付随して、わが銀河系の恒星のひとつペテルギウス。オリオン座を構成する主要な星のひとつ。オリオン座の星々のなかでめだつ赤色の姿。
最近、「なぞの変光」の観測で話題になった。そのいびつな姿かたちもあいまって、この赤色巨星に関しても新た仮説がある。
星も人も
伴星をとりこんで合体したのがいまのペテルギウスの姿という。銀河どうしがぶつかるぐらいだから恒星どうしがぶつかることだって当然といえば当然だろうが、まさかこんなおなじみの星がそうかもしれないとは。こちらも人間の置き換えるとおもしろい。
人もほかの人々との出会いとコミュニケーションで育つ。なかにはぶつかりあったりなかよくなったり、おたがいのまわりをまわりつづけたり。星々とおなじ。
そのなかで多様性や個性が育まれる。宇宙の構成要素も独立したままならばこれだけ多様なかたちにはならないだろうし、もっと平板なものだったろう。
人間世界もこれだけの多様性がうまれるシステムだからこそ、幾多の試練、たとえば氷河期をのりこえるなどのきびしい環境でも連綿と生き残れた。それまでには気の遠くなるほどのさまざまな出会いや衝突があっただろう。
おわりに
月と地球すら新しい学説でははるか昔にぶつかった結果がいまのすがただそう。シュミレーションでそのようすを再現できている。こんなに身近な場所でも離合集散が起きている。ましてやこれだけひろくたくさんの星々が存在する。ぶつからないはずはない。
宇宙は時間のスケールがちがう。それだけ激しい離合集散をくりかえし、超新星の爆発や恒星内部の高温高圧にともなう核融合反応によりこれだけ質量数の大きい元素が存在する。なにもなければ水素とヘリウム、そしてわずかにリチウムがあるのみの味気ない宇宙になってしまうそうだ。
もちろんわたしたちをかたちづくる炭素、窒素、酸素、カルシウム…もおなじ。
広大な宇宙でのふつかりあい、そして微細な元素の離合集散、そして人間どうしのコミュニケーション。どれもぶつかりあい、接触し合う。それによってよさや特徴があらわれる。
「次回をお楽しみに」という番組のエンドタイトルのように、つぎのニュースはどんな想いを呼び覚ましてくれるか。