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読書感想文/「ちょっと今から仕事やめてくる」北川恵海


現実に疲れていると、小説が読みたくなる。

中でも特に、優しい世界が描かれていたり、感動したりする作品が恋しい。簡単に言えば、救いが欲しくなるのである。
万年生きづらさを抱える私は、いつも上記のような作品ばかり読んでいる気がする。

今回選んだ本もまた、そうした雰囲気の作品である。

北川恵海・作「ちょっと今から仕事やめてくる」だ。今さっき初めて知ったのだが、どうやらこの作品は映画化されていたらしい。しかも主演は福士蒼汰。
とするとかなり世間で騒がれていたはずだが、つゆほども知らなかった自分の無知さに驚きである。

かなり読みやすく、1時間半ほどで読み終えてしまった。
軽く読めて、かつ多くの社会人に刺さる内容だと感じた。実写化するのも分かるなあ、と今になって思う。

ネタバレあります。


主人公の青山隆は、ブラック企業に勤める営業マン。仕事に疲れて自殺しそうになっていたところを、ある男に助けられる。
彼はヤマモトと名乗り、昔の同級生だと言った。隆は彼のことを全く思い出せないまま、強制的に飲み屋に連れて行かれる。

彼らはまるで、長い時を共に過ごした親友どうしのように仲良くなる。
隆はヤマモトの影響で、どんどん明るい雰囲気に変わっていく。それに伴って営業成績も上がっていき、充実した日々を送るようになった。その日々の中にはもちろん、ヤマモトと過ごす時間も含まれていた。

しかし隆は、ヤマモトの正体がどんどん分からなくなっていく。
彼に関する様々な事実が明らかになっていき、ヤマモトが目の前にいるという事実に矛盾が生じてしまうのだ。
そして、仕事でも大きなトラブルが発生する。
隆は、苦悩の末どのような行動にでるのか。


あらすじをまとめていて、描写がとてもシンプルな作品だったのだと分かった。本筋から逸れる部分がほとんどない。
状況説明も描写も、最低限なのだ。その分、全体の分量のわりにターニングポイントが多い印象を受けた。

読みやすさの秘密はそれか、と気がついた。
変化に富んでいて飽きない。それにもかかわらず、分かりやすくて筋を追いやすい。余計な情報がないからだ。

少し残念だったのは、「同級生の」ヤマモトについての設定がそこまでなかったこと。
ネタバレになるが、「鞄の中身を見たから同級生のふりができていた」というのは納得だが物足りなかった。
もっと驚きの理由があるのではないかと疑ってしまった。


ブラック企業で働く冴えない営業マン、という設定は多くの人の共感を呼ぶのではないか。
主人公に自分を重ねて、ヤマモトの言動に救われるといった具合だ。疲れているときにちょうどいい。

私は就職活動の真っ最中だが、もしブラック企業に引っかかったらこの作品を読み返そうと思う。
と、ここまで書いて思ったのは、この作品は読みやすいからこそ活きる内容だったということだ。

だって疲れてる時に重い作品読めなくない?

ということである。
テーマがテーマだし、この作品が伝えたいメッセージを届けるには読みやすさが必須なのだ。
この作品を読むべき人々は、隆のような人間だと思う。
テーマと作風の相性が抜群だ。


以前「海が見える家」(はらだみずき)の感想文を書いたのだが、今回これを書いて思ったことがある。
私はきっと、冴えない主人公が大好きだ。

上手くやれずにもがき苦しみながらも、懸命に生きているところがいとおしい。そして何より、共感がわく。
活路は人それぞれ、というのがよく分かるのだ。

折角なのでこれからは、主人公が冴えない小説を漁るのもいいかもしれない。
どんな人間だって懸命に生きている。強い主人公ももちろん素敵だが、自分に似て冴えない主人公のことは応援したくなる。


と恰好をつけたが、所謂オタクである私は、もともと冴えないめんどくさいキャラクターが好きなだけなのかもしれないという結論に落ち着いた。
歪んだ自己愛の一種なのだろうな、と長年思っているが、これはまたゆっくり書くことにしよう。






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きのしたもさお
くだらないことばかり考てしまう人間のことを、もっと知ってくださると嬉しいです。

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