聖戦ナンテアリハシナイ 愛国者学園物語137
「美鈴さんは政治的に左派で、かつ、憲法9条を守る護憲派ですね?」
「ええ、そうです。私は憲法改正に反対する人間です。特に、憲法9条は変えたくはありません。9条が掲げる『戦争の放棄』『戦力不保持』『交戦権の否定』という理念は、どこの国に対しても自慢出来る日本独自の思想だと思います」
「なるほど。私たちの会合は、誰の考えが良くて、誰の考えが悪いか判断するためのものではない。お互いの意見を述べるために集まっているんだ。私は政治や軍事に関して異なる意見の持ち主だが、貴女の考えを尊重しますよ」
「ありがとうございます」
「私は保守的な人間です。日本の国土と人命を守るために、やむを得ない場合は、自衛戦争をすることに賛成の立場だ。だから、9条を改正して、憲法に軍隊の存在と自衛戦争を明記する。
自衛隊を軍隊ではないと主張する現在の憲法は詭弁(きべん)ですよ。はっきり言って。あれを軍隊でない、戦力でないと言うのなら、徴兵は奉仕に、核兵器は光線兵器だなんて論理がまかり通る時代が来ますよ。現に私は国民奉仕自衛官制度に反対の立場だ。あれは若者の公務員人気にあてこんで、あれを修了すれば、公務員になった時に給料などの待遇が良くなる制度だ。だが、あれに参加する若者は少なく、政府は制度の拡大を目指しているではないですか?
それはともかく、自衛隊は軍隊です。一流の軍事装備を持ち、軍隊が行う任務を遂行しているのだから。だから、自衛軍か国防軍と名乗るべきでしょう。そして新しい憲法には徴兵も、相手を軍事的・政治的に支配するような侵略戦争もしないという項目も付け加える。
これが私の立場なのだが、軍拡を進めようとする日本人至上主義には反対します。新しい軍隊は日本の国民と国土、それに排他的経済水域を守るための
『国土防衛軍』であれば良い。
国連の平和維持活動は除いて、国防軍を全世界に展開させるとか、核兵器を持つ必要はない。私はね、憲法の三原則である国民主権、基本的人権の尊重、それに平和主義を変えようとは思わないです。自衛のための国土防衛軍なら、平和主義に悪影響をもたらすとは思えません。
私は、憲法改正をして日本が軍隊を持っても、それらは変えさせない。平和主義を守って国際協調の道を行かなければ、日本は経済的に落ちぶれるだけでなく、国民の大多数が飢餓に怯えて暮らすような貧しい国になるでしょう」
「飢餓……」
美鈴は、ハンカチで顔をふく西田を見ながら思った。彼と話しているうちに、自分が軍事については関心も知識もないことがバレてしまうのでは? 9条を守るとレコードのように繰り返しても、じゃあ、自衛隊はどうするんですか? と西田に突っ込まれたら、自分はそれに反論出来ない。
自衛隊について、美鈴はごく限られたことしか知らない。陸上自衛隊の戦車や自動小銃の正式名称すら知らないのだ。それが左派の美鈴の弱点だった。左派の理論や知識を溢れるほど持っているわけではなく、かつての交際相手の影響で左派になり、そのままという、のんきな人間なのだ。
美鈴は話の流れを変えて、それが自分に向かってこないようにした。
「日本人至上主義者たちの多くは、日本が核兵器を持つことに賛成でしたね。反日諸国の多くが核保有国だから、日本も持つべきだと主張しているのでした」
「そう」
「信じられません。彼らは広島と長崎を忘れたのでしょうか」
「うむ」
彼は視線を落とした。
「私はね、自衛隊のために憲法改正を叫んでるんじゃない。国民のために改正したほうが良いと思っているからですよ。納税者としての立場から、また軍事に関心を持つ人間として、私は必要とあれば自衛隊の問題点を批判するし、彼らの犯罪や問題行動を見逃すつもりもありません。
それが、自衛隊を絶賛する日本人至上主義者との違いかな? だから私は自衛隊の熱狂的なファンではないのだ。彼らを冷静に見るために少し距離を置くのだ。熱烈なファンや関係者とは友人になれんでしょうな」
美鈴は自分が相手を厳しい目つきで見ていることに気が付き、少し力を抜いた。
「日本人至上主義者たちや、愛国者学園の関係者を見ていると、私には愛国心とは排他的な感情にしか思えないんです」
「と言うと?」
「愛国者学園の関係者たちは、日本人至上主義を絶対的な価値観とし、外国の文化、特に政治的に対立する韓国や中国をけなしています。向こうが反日的な行動をするから、こちらも報復するんだと、学園の教師が叫んでいました」
美鈴はそこで口を閉じた。
「もし良かったら、その先も聞かせて頂きたい。秘密は守りますよ」
美鈴は思わず、きつい視線を相手に飛ばしてから言った。
「いえ、秘密にする必要はありません。私が言いたいことは、日本人至上主義者たちは、彼らの言う反日勢力に対して、正当防衛ではない『攻撃』を仕掛けるのではないか。彼らの言動は常日頃から攻撃的ですから。ああいう人間はいつか爆発するでしょう。
そして、かつての戦争の時のように、日本人自らを神格化するのかもしれない、ということです。それに、日本は天皇を中心とした神の国でしたっけ? かつてある政治家が公言したことがありましたね」
「あった。あの総理大臣だったよね」
「それは結局、日本は神の国、自分たちは神である天皇をお守りする神の子。そういう意味なのではないでしょうか?」
美鈴は少し興奮しながら、思いをぶちまけた。
「美鈴さんの推測は正しい。神国(しんこく)日本! 世界一古い王朝をいただく神の国。そういう世界が好きな人にとっては、自分たちが神や神の国を支える兵士であるという概念は、たまらなく魅力的なんだろう。そして、それを守るためならどんなことでもする。それは聖なる戦争だから。
敵をいかに殺そうが、聖戦は正当化される。自分たちは『神の兵士』なのだから」
美鈴は顔をしかめて、しばらく黙った後、言った。
「結局、日本も神の名のもとに戦争をするんですね。神の国を守るという聖なる目的、聖なる戦争なら、どんなに敵を殺してもいい。愛国心とは戦争をする心で、神の国・日本を守るための聖戦の心なんですね」
「そういう、聖戦を絶賛するような考えに触れていると、あの映画の、『セプテンバー11』の今村監督の作品を思い出した。あの作品の
『聖戦ナンテアリハシナイ』
が、いかに凄い言葉か、いかに深刻な言葉か、今、身に沁みますよ。聖戦を賛美する日本人至上主義者たちはあの作品のことを知ったら、怒りを爆発させるんだろうけど」
二人はしばらく沈黙に浸りながら過ごした。
(私たちは居酒屋にいるのに、あまり食べてないわ)
美鈴が元気なく言った。
「軍隊は絶対の存在なのでしょうか。 私たち民主主義社会の人間は、日本人至上主義者が社会をリードしている今の日本では、日本人は、軍隊を無条件で賛美しなければいけないのでしょうか。そして、彼らに疑問を持つ人間は悪い人間なのでしょうか」
「いや、そんなことはないでしょう。おたくのジェフさんのあれですよ」
「ああ、あれですか、あれでいいのかしら?」
「はい。あれが示す考えは、軍隊を絶賛する人々や日本人至上主義者に立ち向かう武器になるでしょう」
続く
これは小説です。明日5月15日は、沖縄の本土復帰50周年の日ですが、この作品の投稿は、それに合わせたのではありません。一度書き上げたものの、気に食わず、手を入れていたら、たまたま、その日の直前になったのです。
「聖戦ナンテアリハシナイ」というのは、135話で紹介した映画の最後に登場する言葉です。
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