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軍事国家と批判 その2 愛国者学園物語 第253話
「我々なりにこの祖国を愛し、この国を
間違った方向
に行かせないために意見を言ってるんだ!」
美鈴は、根津のそんな声を初めて聞き、その思いを受け取った。
「愛国者だぁ? この間は我々のことを反日勢力だと抜かしたよな」
吉沢は皮肉った。
美鈴は、何か言いたげな吉沢に負けずに言った。
「世の中には様々な人がいて、様々な考えがあります。第1回目の討論会で私が述べた、多事総論です。そして、それが許されているのが民主主義国家である日本です。
でも、あなた方は、21世紀新明治計画を持ち出して、日本をかつての暗い大日本帝国のようにしようとしている。それは軍事国家であり、民主主義のない日本、暗い社会で、政府の暴力があふれた日本です。
そんなことを、私は日本国民として許せません」
「あの計画は日本人が日本人らしく生きられる、誇りある祖国を作るための計画だ。なにが悪い!」
「あの計画には、政府はマスコミに指導出来るという条文があります。それは政府によるマスコミの弾圧に他なりません!」
「なにが弾圧だ、異常なマスコミがあったらそれに行政指導を行う、それのなにが悪いんだ」
「それはマスコミの弾圧です。もし、そんなことをすれば、日本は先進国の地位から転がり落ちます!」
それから美鈴と吉沢は言葉を投げつけあったが、勝敗はつかなかった。二人が黙り込んだとき、根津が割って入った。
彼いわく、批判を許さない国は自由な国、民主主義の国とは言えない。政府が恣意的(しいてき)にマスコミに圧力をかけるのは、まともな国のすることではない。
そして根津は持論を述べた。批判のない国は道を誤る。それは大日本帝国のことだ。特に、戦時中はマスコミや文化人は自由な活動が出来なかった。治安維持法などによって、憲兵隊や特高警察が弾圧していたからだ。そういう時代のせいで、当時の政府は道を誤り、身の丈に合わない戦争をして、310万人を死なせた。兵士の死者の半分以上は餓死か病死だ。それは、当時の軍隊が補給や医療を軽視していたからだ。
「その挙げ句、沖縄では地上戦が起こり、軍民合わせて合計で20万人が死んだ。そして、広島と長崎の原爆だ。
原爆の被害者たちは、批判のない社会の犠牲者だ。日本は零戦だけでも1万機以上もこしらえたのに、防空はいい加減で、レーダーは貧弱で、結果、日本中が爆撃され、それを防ぐことは出来なかった。
当時の日本の技術ではB-29を効果的に撃墜出来なかったので、ここでも、体当たり攻撃をしたそうだよ。零戦による、体当たり攻撃をね」
「素晴らしいことだ。それは素晴らしい愛国心の成せる技だ」
吉沢の賛美を、根津は、ねじ切った。
「馬鹿馬鹿しい、そうやって、当時の日本は熱狂したんだ。そして多大な犠牲を出したんだ。アジアでは2000万人が死んだんだ!」
「異議あり!」
吉沢が吠えた(ほえた)。
だが、根津は止まらなかった。
「さらに多くの犠牲者を出したカラクリが日本にはあった。戦争を始めたのは東條英機内閣だったが、その東條は軍人あて『戦陣訓』を発表していた。それは、軍人に、捕虜になるのは恥だから、捕虜になるくらいなら死ね、という内容だった。それがために、多くの軍人がそれを守って意味のない死を遂(と)
げたんだ。それどころか、グアムや沖縄では、民間人がそれを守って自決した。少なくない数の人々が」
「本土では本土決戦が行われようとしていた。沖縄を拠点に、本土に侵攻してくる史上最大規模の連合軍上陸部隊を相手に、ろくに武器のない民間人が数千万人動員されて戦う予定だった。もし、それが現実のものになっていたら、日本は壊滅的打撃を受けていただろう。そして戦後も酷い時代を体験したに違いない。日本という国が存続したかもわからない」
「それのなにが悪いんだ、『戦陣訓』のなにが悪い! 本土決戦は歴史的偉業になっただろうに、日本人の偉大さを世界史に刻むことになったんだから!」
吉沢は叫ばんばかりの声を出した。
「あなたは死なないくせに」
「なんだとこの野郎!」
そう言って、吉沢は奥歯を噛みしめた。
続く これは小説です。
次回第254話は、根津と吉沢の対立を描きます。かつて根津は吉沢の友人であり、日本人至上主義者でした。そんな彼が変わったきっかけというのはなんだったのか。それには深刻な事情が隠されていました。次回もお楽しみに!
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