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英雄の神殿と衛兵たち         愛国者学園物語115

 西田はしばらく考えてから言った。
「私は靖国神社の広報担当者ではないが、もしそういう立場ならこう主張する。靖国神社は戦没者を『神』として祀る宗教施設であって、戦争の問題点を考える研究所ではない。そして、旧日本軍の問題点について考える必要もない。英霊は英霊だ。どんな死に方をしようが、彼らは祖国を守るためにその命を捧げ、英霊になられた方々なのだ、と。

 これは私見だが、靖国神社に戦没者として祀られている人々の家族や、特に日本人至上主義者たちにとって、靖国神社は英雄の神殿なんだよ。彼らの家族であり、救国の英雄を祀る神殿だから、最高の礼を尽くして礼拝している。その証拠に、彼らがいかに靖国神社を大切にしているか、その言動を見ればわかることだ。
(この話をしていた時、西田は美鈴の口が動いて何かを言おうとしたのを見た。多分、彼女は『神殿』と言おうとしたのだろう)

 かつて大日本帝国に支配されたアジア諸国などは、靖国神社は戦犯をも祀る神社だから、日本の政治家が参拝することに反対している。政治家が参拝せずに真榊(まさかき)などを奉納しただけでも、向こうの政府は抗議するのは、ニュースを見ればわかることだ。

 だが、日本の英雄たちを崇める人々は、政治家の靖国神社訪問を外国が批判する権利はないと叫ぶ。日本には戦犯などいない。祖国のためにその命を捧げた英雄に感謝して何が悪いのか。だから、日本の政治家が靖国神社を参拝して戦没者に感謝の意を示すのは当然だ、と言うわけだ。彼らは『良いこと』をしているのだ。そう自負しているのが感じられる。

 しかし、そういう気持ちが強くなったせいなのか、彼らの中には他者の意見を認めない人々もいる。彼らからすれば、靖国神社の問題で他人と対立するのは、神殿を守っているという自信があるからだ。彼らは、神殿の衛兵なんだよ
「衛兵……ですか」
「そう、衛兵。特に、日本人至上主義者たちがエネルギッシュにその思想を語り広め、その一環として、靖国神社などを参拝しているのは、自分たちが衛兵として英雄の神殿を守っているという充実感、義務感があるからだ。だから、彼らは困難にめげたりはしない。

 美鈴さんがタフなように、彼らもまたタフだよ。彼らの思想信条は変わらない。変わるわけがない。他者がそれを攻撃すれば、彼らはそれを守るために命を投げ出すか、他者と激突するだろう。それは、英雄たちの霊を守るための聖なる戦いなのだから、彼らは喜んで戦うだろうね。これは私の意見は少し風変わりかもしれないが、外れてはいないと思うよ。だから、美鈴さんやホライズンが出来ることは、日本人至上主義者に対して疑問を投げかけること、それだけだ。それ以上やれば、どうなるだろうね?」
美鈴は落胆した。

 「戦争終結から80年ほど経っても、戦没者を追悼する人々はたくさんいる。戦没者の家族に戦友たち。美鈴さんも靖国神社の境内で見たでしょ。苔むした木に@@戦友会とか、@@中隊の会、@@@生存者一同というプレートがついていたのを」
「ええ、見た覚えがあります」
「戦友たちが戦死した仲間を思い、彼らの冥福を祈り、その姿を忘れないように植樹をした。そういう気持ちは理解出来るね……。それに戦没者につながりはないが、彼らを追悼する人たち。一部の自衛隊関係者。文化人に右翼、極右に政治家。彼らの多くは、日本人と日本を賛美し絶対的な存在とみなす政治思想の持ち主、つまり日本人至上主義者であり、英雄を祀る神殿の衛兵だ。愛国者学園の関係者もそうなのは言うまでもない。戦没者たちの家族の思い、あるいは、衛兵たちの情熱は永遠に消えることはない……。

 また、毎年終戦の日になると、右翼団体の街宣車の群れが靖国神社に集まってくるんだ。そして、英霊のことや彼らの思いを大きな音で流すんだよ。彼らに接する機動隊の人たちは大変だな」

 街宣車が嫌いな美鈴は言った。
「どうして、そんなことを知っているんですか?」
西田は気味悪く笑って言った。
「私がそういう団体の人間だと思っているのかな? それとも公安とか?」
美鈴はその答えに心底驚いて、
「いいえ!」
と言った。
西田は飲み物を一口飲んでから、
「失礼した。ちょっと冗談が過ぎた」
と謝った。
「いえ」
「簡単だよ、ユーチューブにはね、終戦の日の靖国神社前に集まる街宣車の動画がたくさんあるんだよ。私はそれらを偶然見ただけだ」
美鈴は安堵した。

 「話を戻そう。今述べたような遺族や英雄の神殿を守る衛兵を自負するような日本人至上主義者たちと激突するのは、ホライズンのような大企業でも止めたほうがいいと思うよ。大変なことが起こりかねないから」
彼はそう言って黙り込み、小鉢の煮物を食べた。

 西田はそう言って、美鈴に警告を与えたつもりだった。だが、美鈴が考えていたことはそれではなかった。美鈴は彼が自分の政治的立場を聞いてくるのではないか。自分が左派であり、かつ、靖国神社にも関わりがある天皇にほとんど関心が持っていないことが明るみにされてしまうのでは、と恐れていた。
美鈴の動揺を見て、西田は言った。
「美鈴さん、心配しなさるな」
行き違いはそのままだった。


 続く 



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