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宣誓に効果はあるのか 愛国者学園物語174

「美鈴さん、はっきりおっしゃい。

そんな宣誓で、そんな言葉を朗読したぐらいで、自衛官や警察官たちが日本人至上主義に染まらず、特定の宗教に偏らない不偏不党の公務員になる。そんなわけはない。私はそんな宣誓を信じられない。もし、そう言いたいのなら、そう言って頂きたい。私たちの議論は、言いたいことを言わない我慢大会じゃないんだから」

「ええ、そうですね」



 美鈴は静かに話し始めた。自分は警察や自衛隊が怖い。けれども、その一方で、彼らが日本に必要だとは思っている。

 自分は左派だが、左派の一部が好む無政府主義は信じない。政府を解体し、警察や軍隊を解体すれば社会は平和になるとか、世界は平和になる、そういう考えは空想の産物だと思う。犯罪を防止するのに警察は必要だし、自衛隊は災害の救援にも役に立つから、それらを廃止しようとは思わない。でも……。そこで言葉が途切れた。


 「ごめんなさい。私、実は自分の考えがあやふやなんです。自分の思想的基盤がいい加減なんです」

と、悲しそうに言った。

 自分は大学生のころ、憲法9条を守る運動に関わっていた。だが、9条が戦力の不保持をうたいながら、日本には自衛隊という軍隊があることについて、その矛盾について、自分は上手く説明出来ない。では、日本が軍隊を持てるように、憲法改正をすればいいのか、9条を変えればいいのか、自分の結論は出ていない。


 美鈴はそう言ってから、警察の話題に移った。警察も一般市民を弾圧する存在じゃないのかと思うことはある。世界には民衆に対して過剰に暴力を振るう警察もあるし、秘密警察が存在する国も少なくない。日本の周辺諸国にはみな秘密警察があったか、今もある。かつての大日本帝国には特高警察があり、反戦主義者などを弾圧していた。実は自分はかつて公安警察の男ともみあいになり、取り調べを受けたことがある。あれは嫌な体験だった……。


「そうですか、そんなことがあったんですか」

西田には、美鈴が警察のことを語る時に嫌そうな顔をする理由がわかった。


「なんだか、自分は矛盾しています。あの警官に嫌なことをされたのに、警察を廃止しようとは思わないんですから」

西田はその言葉を受けた。

 「警察を廃止すれば、世の中から犯罪がなくなるなんて考える人はまずいませんよ。それに警察や自衛隊を信じるか、なんて、普通の人はまず考えないでしょう。みんなが信じているから、自分も信じる。その程度じゃないですか? 


私たちは自分の考えを述べているだけで、その優劣だとか、思想的な深みを追求しているわけではない。だから、例えば、自分は警察と軍隊が好きではないが、日本にはそれらが必要だと思う。それだけでも立派な意見だ。それでいいんじゃないですか?」


美鈴が話した。

 「私が気になるのは、自衛隊や警察の関係者に日本人至上主義に染まっている人間たちがいることです。その一点がとても気になります」


 憲法が政教分離原則を唱えていても、一部の自衛官たちは靖国神社などに参拝し、艦艇の中に神道の神棚を作っている。あるいは、職務の一環として、旧日本軍の軍神の神社を、原宿の東郷神社のような場所を訪問し、そこのイベントに参加するなど、彼らと神道のつながりを隠そうとはしない。そして、彼らのその行動を止める方法もない。


 だから、その神道との関わりがもっと深くなれば、彼らの中から、バルベルデのガルシアのような、テロを平然と行う人間が日本に登場するかもしれない。ガルシアはキリスト教過激派だった。それに似て、日本でも神道に傾倒し、天皇や愛国心に心酔した自衛官が、日本人至上主義者のテロリストになるのでは? 自衛官たちが『服務の宣誓』のような誓いの言葉を口にしたぐらいで、自衛隊が神道の軍隊になることを阻止は出来ない。


 私たちにとっては、靖国神社は大日本帝国の軍国主義の象徴だが、軍隊だけが関わる神社ではない。祀られているのは、軍人だけではなく、警察官や民間人もいる。だから、日本の保守的な人々の聖地である靖国神社は、日本警察にも関係があると言えるだろう。



 自分には、日本警察と神道の関係は良くわからない。警察署にある武道の道場には、神道の神棚があるという話を聞いたことがある。それぐらいならまだしも、日本の警察官が靖国神社にどういう思いを持っているのか。思想的に過激な人間やテロリスト、スパイを監視する公安警察は、右派である日本人至上主義者も監視しているはずだ。公安警察は日本人至上主義者たちをどう思っているのか、そして、どのように監視しているのだろうか。


今の日本の統治機構では、警察関係者が関わる仕事は多い。

 警察庁の仕事だけではなく、自衛隊の情報本部にも警察官は派遣されている。それに情報機関である内閣情報調査室の室長。加えて、内閣官房の危機管理部門に、内閣危機管理監、官僚システムのトップである内閣官房副長官、そして、国家安全保障会議のトップも警察OBが就任している。政府がスパイ防止法を施行してから、公安警察が大増強されて、日本の警察はさらに大きくなった。そのせいか、自衛隊をコントロールする防衛官僚よりも、警察官僚の方が仕事の範囲がはるかに広く、その影響力も大きい。街中の誰も見向きもしない犯罪から国際犯罪、サイバー警察に国際的な諜報活動、そして国家安全保障にまで関わっている。


 そして、その究極の形が、美鈴が大学生の時、先輩から聞いた「スーパーポリス構想」で、

今は「公安省」と呼ばれる構想だ

。それは警察が、海上保安庁や拘置所、刑務所、出入国在留管理庁、税関などを含めた公安系組織などを吸収合併するというもので、それが実現すれば、日本の治安向上と縦割り行政の解決に大きな効果があるとされる話だった。


 そのような警察関係者が、特に警察を支配するキャリア官僚がどれくらい、日本人至上主義に染まっているのか。警察組織に、神道と皇室と愛国心について『激しい』感情を持つ日本人至上主義者がどれくらい存在するのか、見当もつかない。警察と記者クラブでつながっているマスコミは、刑事警察のニュースしか報道しないから、公安警察の活動は闇の中だ。それに、日本のマスコミもその大半は、日本人至上主義について報道することはほとんどない。誰かから圧力がかかって断念したのか、無気力なだけか。


 

 日本人至上主義者たちは自分たちの宗教と王族、それに日本の国土を守るためなら、敵対する日本人たちを「攻撃する」ことすら、いとわなくなるかもしれない。

神道と皇室は世界で日本にしかない『唯一』の存在だし、愛国心のもとである国土もそうだ。それを守るためなら日本人至上主義者と化した自衛官や警察官たちはなにをするだろう。そして、彼らがするかもしれない恐ろしい行動を止める方法はあるだろうか。公務員の宣誓に効果はあるのだろうか……。


美鈴は暗い顔でうつむいた。


続く

これは小説です。

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