ファニーの怒り爆発 愛国者学園物語 第200話
この小説の読者は、親日家のフランス人女性ファニー・ジョフロワを覚えておられるだろうか。
ベトナム系フランス人の彼女は、メディアの一員として日本に滞在し、テレビなどに多数出演して、その流暢(りゅうちょう)な日本語を披露した。ホンダの大型バイクを乗り回し、日本各地を旅したせいか、多くの日本人ファンがいた。
だが、彼女は、日本人至上主義者たちの存在が大きくなることに疑問を持っていた。愛国者学園の開学や、徴兵まがいの制度である国民奉仕自衛官の存在も、彼女には違和感に感じられた。だから、彼女は日本を離れてフランスに帰国しマスコミを辞めて、ある大学の研究員として生きていた。ファニーの母親は生気をなくした娘のことを心配していたが、その矢先、フランス人によるルイーズ事件が起きた。
国際的メディア・ホライズンはこの事件について詳しいレポートを出版することを決め、取材班には、ルーイズと愛国者学園の子供たちの間に介入した三橋桃子の姪である三橋美鈴が加わること、また日仏両国の事情に詳しいファニーに仕事を依頼することになった。それでファニーはその仕事をこなし、レポートを世に送り出した、わけだった。
ここまでは、第68話までの話なのだが、問題はここから先だ。
ルイーズ事件関連の仕事が終わってから数年間は、ファニーは大学の研究員の仕事を続けていた。それは、日本の若者文化に関する考察をまとめるというものだったが、それをファニーは普通に続けていて、誰も彼女を疑うこともなかった。
だが、その心中では、愛しているはずの日本に対する激しい怒りが火を吹いており、彼女は密かにそれを書いていたのだ。
美鈴はその知らせに呆然とした。ファニーと言えば、日本語が達者で誰にも負けないほどの親日家であり、日本を愛していたはずだった。彼女が離日する際のサヨナラパーティーには3000人以上もの日本人が押し寄せたのだったし、テレビにもよく出ていた。そんな彼女がなぜか
「変身」
して、日本を厳しく非難する本を出版するのだという。
美鈴はパリ支局から届いた写真に驚いた。ベトナム系フランス人のファニーが、メイクで白い肌を作り、整形手術で目元を変え、地毛の黒髪を金髪に染めていたからだ。それはカフェオーレ色の肌を持つ彼女が、白人になるべく無理やりメイクをしている。美鈴にはそうとしか思えなかった。一体、ファニーに何があったのだろうか。あんなに日本が好きだった彼女が、どうしてこんなに変貌(へんぼう)してしまったのだろうか。
日が経つにつれ、この件はホライズン東京支局全体の話題になり、その上部組織である東アジア総局も巻き込んで、大事になった。そして、その総局長である
フカヒレデブ
は緊急ミーティングを開いて、美鈴を吊し上げた。
美鈴はファニーと一緒にルイーズ事件の本を書いたのだから、ファニーのことをなんでも知っているはずだ。ファニーはホライズンの悪口を書いて公表するんじゃないか。フカヒレのそういう思い込みで始まったミーティングであったが、美鈴や彼女を援護するスタッフたちの抵抗があった。美鈴は、この件もファニーの変身も自分には寝耳に水で仰天している、何が彼女を怒らせているのか、その本を読んでみないことにはなんとも言えない、と真っ当な主張をして、その場を切り抜けた。
緊急ミーティングはそれで終わったが、モニター越しにフカヒレが自分をにらんでいることを美鈴は感じた。
(もしかしたら、自分の個人情報をネット社会に流したのは、あいつなんじゃ?)
そう思いたくなるほどの怒りむき出しの彼女に、美鈴は失望した。フカヒレは自分がジェフやマイケルと親しいと思い込んで、それで腹を立てているらしい。彼女はジェフに自分を昇進させろとしょっちゅうメールを送っているが、ジェフは、それはホライズンの最高意思決定組織ザ・カウンシルの仕事であると言って、とりあっていない……。そういう話が東京支局には転がっていて、いい迷惑だった。
(それにしても、ファニーのことは気になる。彼女はどんな本を出すつもりなのだろうか)
美鈴はファニーを思った。
続く
これは小説です。