自衛官を差別したのは誰だ カッコいい自衛隊に気をつけろ1 愛国者学園物語143
ジェフは「カッコいい自衛隊に気をつけろ」という文も公開した。
自衛隊は品行方正な軍隊である。これはお世辞ではなく、日本が好きなジャーナリストとしての私の偽らざる感想である、とジェフは書き始めた。真面目で勤勉な日本人を軍隊にすると、それは自衛隊になる。そういう例えがおかしくないほど、彼らは真面目で任務に励んでいる。こう思うのは私だけではなくて、我が友マイケル・ゴンザレスもそうだ。彼は日本に長く滞在し、米国の電子情報機関NSA(国家安全保障局)の上級幹部として、自衛隊や防衛庁・防衛省の関係者と親しくしてきた。マイケルは私以上に日本人の友人が多く、日本語も達者だ。そのマイケルは、自衛隊ぐらい真面目な軍隊はない、と私に言ったことがある。
(中略)
真面目な集団というイメージを維持するためなのか、それともただの偶然なのか、防衛省と自衛隊は、国民が親しみを持つ存在、格好良く、さわやかなイメージの自衛隊に関する情報を数多く発信している。それは、彼らが食べるラーメンやカレーについてのSNS、音楽隊に所属し歌手活動をしている女性自衛官たちの動画、音楽隊が奏でるレパートリー豊富な曲の数々。それに、自衛官の仕事を紹介するものなど。私が特に関心をそそられるのは、自衛隊による不発弾処理だ。日本には第二次世界大戦で米国が投下した不発弾がまだ多くあり、特に、激しい戦闘があった沖縄には多い。それを自衛隊の専門家が一つ一つ処理するのだが、私はそのプロフェッショナリズムを讃えたい。
だが、その一方で、彼らも他の国の軍隊と同様に、不祥事に無縁ではない。2016年から18年にかけて明らかになった防衛日報隠し問題では、防衛大臣が辞任した。それに、部隊でのパワハラ、セクハラ、隊員の自殺問題などに関して、その情報公開が少ないことは事実ではないか。それらが明らかになるのは、いつも、マスコミの報道によるのだから。
そこで私が問いかけたいこと。それは自衛隊の熱狂的なファンは、それらのニュースすら『無視』するのだろうか、ということだ。今の日本社会では日本人至上主義が盛り上がっており、それは軍隊を絶賛する思想でもある。
だから、日本人至上主義者たちは、自衛隊という名の軍隊を賛美し、それを憲法改正によって国防軍に仕立て直し、軍事大国化しようとしているのだ。それゆえ、彼らは自衛隊と自衛官を賛美してやまない。
私は自衛隊を含めた軍隊を必要だと思っているが、彼らを熱狂的に賛美はしない。なぜなら、冷静さがジャーナリズムを支える土台になるからだ。自衛隊のファンや日本人至上主義者たちは、自衛隊を過度に賛美し、問題点や不祥事を無視しているのではないか。それらはやがて、自分たちの命にも関わる大問題になりかねない。だから、少なくとも、ジャーナリストはそれをすべきでない。
かつて、第二次世界大戦当時の日本は、旧日本軍に熱狂していた。そして、その結果は、言うまでもない。戦争のある21世紀を生きるために、冷静な視点は不可欠なのだ。
自衛隊員は苦労していると言われる。例えば、かつては酷かった彼らへの差別だ。特に沖縄ではそうだった。自治体の労働組合などが駐屯地前でデモを行い、「人殺し部隊は本土に帰れ」とか「軍靴で沖縄を汚すな」などと叫んだそうだ。あるいは、電報の受付拒否、自衛官の住民登録の拒否などもあった。さらには、成人を迎えた自衛官の、成人式への出席を拒否する人々がいた。自衛官の出席を左派系団体のメンバーや、ある市長までが集団で邪魔した。
それだけではない。自衛官の子供も差別された。かつて日本に、佐々淳行(さっさ・あつゆき、1930―2018)という有名な官僚がいた。彼は警察官僚を皮切りに、防衛庁(当時)、内閣、そして内閣安全保障室の初代室長として、日本政府の中枢にいた。危機管理という日本語用語の生みの親である彼は、マスコミにもよく登場したけれども、かつて苦い体験をした。
それは、小学生だった息子がある日、学校で体験したことだ。教師が、児童たちに、父親が警察官や自衛官の者は起立せよ、と言った。佐々の息子は、教師がそんなことを言う意味がわからず、起立したところ、その女性教師が次のようなことを言った。この子たちの父親は、ベトナムで戦争をし、日本では学生を警棒で殴っている悪い人間だ、と。つまり、教師が警察や自衛隊は悪であるという職業差別をしたのだ。そして、子供らを夕方まで立たせたのだという。
息子からその話を聞いた佐々は、校長に電話をかけて抗議したところ、その女性教師が佐々の家に来た。すると彼女は組織をあげて警察の権力的弾圧と戦うと言い放った。組織とは、当時は多くの教職員が加入していた左派系組織の日教組のことだ。そこで、佐々が子供への体罰などの問題を提訴すると言うと、その女性教師は一転、それらの行為は組織の命令によるものだ、と泣き伏したという。
当時は、このような差別と体罰は珍しいものではなく、京都では警察官の子供は勉強が出来ても、成績はオール3になってしまったという。
これらの差別は、21世紀の今とは異なり、実務よりもイデオロギーや組織活動を優先させる教師が多かったらしい時代の出来事である。左派の大きな組織であり、小学校から高校までの教職員の労働組合組織である日教組(日本教職員組合)が強い力を持っていて、そのイデオロギーを教育の場で広め、トラブルを起こしたことは事実であった。
これらの実例のように、自衛隊関係者の中には、言われのない差別に苦しんだ者たちもいる。そのような差別は許されるものではない。もし、自衛官が戦争で戦ったら、左派の教員たちは、自衛官の子供たちを、「この子の父親は@@@」などと侮辱するのだろうか?
あるいは逆に、今の日本社会がそうなりつつあるが、自衛隊と自衛官を過度に賛美する、絶賛するような日本人至上主義で溢れる社会が良いのだろうか。
続く
これは小説です。
佐々親子の体験などは、
彼が、産経新聞 2008年10月21日号に掲載された、「日教組よ、まず『自己批判』せよ」を参考にした。
ただし、私はこの143話を執筆中にそのコピーを入手出来なかったので、あるブログ投稿者が転載したその記事のコピーを利用した。
また、産経新聞のウェブサイトで 2121年1月24日付で に掲載された「論説委員 川瀬弘至 自衛隊ヘイトを乗り越えて」
日教組のウェブサイト も参考にした。