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多事総論 その2 愛国者学園物語 第239話
美鈴は
「自分は日本を愛する愛国者です。あなた方、日本人至上主義者とは異なりますけど」
と厳しい口調で言い返した。
そして、自分は神を信じてはいるが、神道には違和感がある。それは死んだ人間を神として崇める(あがめる)ことがあるからであり、自分はそういう考えに同調出来ない。だから、明治天皇夫妻を祀る明治神宮と、軍人たちの神社である靖国神社など、人を神として祀る神社には参拝はしない。それは憲法に保障された信教の自由を行使しているからであり、誰にもそれを止めることは出来ない。
それに、私のことを反日勢力などと言うことも許さない。繰り返すが、私は母国日本が好きな愛国者であり、日本に害をなす反日勢力ではないからだ。
強矢が言い返した。
「美鈴さんはホライズンの一員じゃないですか。反日的な報道を繰り返している外国企業で働くなんて、日本に害をなす反日勢力ですよ」
「よくもそんなこと言えるわね」
美鈴はこれまでで一番強い力を込めて、強矢をにらんだ。
「外資系企業で働くことが罪なのかしら?」
強矢は興奮した口調でホライズンは反日的な報道をしていると繰り返した。それを聞いて、吉沢は不安になり、右の人差し指でほほをかくサインをして自制を促した(うながした)が、強矢の興奮は止まらなかった。強矢は外国人の多くは反日勢力であり、世界には反日勢力があふれていると恐怖がかった声で言った。
吉沢はその様子を見ていた根津の薄ら笑いに恐ろしいものを感じて、強矢の話を強制的に終わらせると、ここで休憩を取ることにし、双方一時的に刀を収めたのであった。
10分後、再びスタートした討論であったが、美鈴は強矢の変化に気がついた。それは休憩時間中に、吉沢から何か言われたらしく、さっきとは打って変わって、大人しい子になっていた。だが、それは見た目だけで、腹の底では美鈴たちへの怒りがみなぎっているんだろう。それくらいは美鈴にも感じられた。
吉沢が口火を切った。
自分たち日本人至上主義者は靖国神社を愛国心の総本山にしたい。だから、先の大戦の戦没者だけでなく、自衛隊のかつての殉職者も、将来、憲法を改正して自衛隊を国防軍にした時にも、その殉職者を全てここに祀りたいのだ、そう吉沢は熱っぽく話した。その間、強矢は相づちを打つだけのロボットになっていた。
美鈴たちは、それにカウンターを放った。
かつて
自衛官護国神社合祀(ごうし)裁判
が持ち上がったことがある。それは、自衛隊に関連のある組織が殉職した自衛官を山口県の護国神社に他の殉職者たちとまとめて祀ったイコール合祀したところ、殉職自衛官の妻がその行為により自分たちの信教の自由を侵害されたとして、裁判を起こしたのであった。
つまり、それは本人たちの意向を無視して、勝手に合祀してはいけないという事件であった。そのような事例があるにも関わらず、吉沢氏たち、あるいは日本人至上主義者たちは靖国神社を愛国心の総本山にしたい、殉職者を全てそこに祀りたいなどと主張している。それは憲法の信教の自由の侵害である、と主張した。
だが、吉沢は冷静だった。
「その事件、裁判では殉職隊員の妻は敗訴しているじゃないか。それで、私たちの主張を覆した(くつがえした)つもりなのか? ふん、それで鬼の首でも取ったのかよ?」
と嫌みったらしく言った。
吉沢のそういう態度も予想済みだった美鈴は、彼を見据えた(みすえた)。
「結果はそうでしたが、実に重要な裁判だったと思います。自分たちの意思に反する宗教活動にノーを唱えた(となえた)んですから」
「負けたじゃん、何の意味もない」
「では吉沢さんたちは、国民個人個人の信仰を無視して、全てを靖国神社に祀れというんですか?」
「そうだ、靖国神社は国民の象徴(しょうちょう)である明治天皇が創建した由緒ある神社であり、伊勢神宮と明治神宮に続く、素晴らしい神社だ。祖国のために命を捧げた殉職者をそういう神社にお祀りし、参拝するのは国民の義務だ」
自己陶酔する吉沢に、美鈴は冷や水を浴びせた。
「
明治天皇は国民の象徴ではありません
。太平洋戦争後の昭和天皇が、日本国憲法下において、国民の象徴になったのです。吉沢さんは事実を曲げていますね」
それを聞いて、吉沢の怒りが爆発した。
「人の揚げ足を取るな! 明治天皇は偉大な方だ! 日本が大国となるきっかけを作った、偉いお方だ。それを侮辱するとは、この反日勢力め!」
吉沢はそれで美鈴が泣くだろうと思った。かつて、同じようなことを言ったある女性を怒鳴りつけ、彼女を泣かせたからだったが、美鈴の様子は変わらなかった。
美鈴は視線に怒りを込めた。
「相手が自分の思い通りにならなかったら、反日勢力呼ばわりですか。よくもそんなことを言えますね、日本人至上主義者の吉沢さん」
「ふん、日本人至上主義者だけが日本を守ってるんだ、それの何が悪い!」
「天皇が主権者だという大日本帝国憲法は時代はずれです。それを21世紀に復活させようだなんて、吉沢さんたちは時代遅れじゃないんですか?」
「なんだと!」
「まあまあ、吉沢さん」
根津が割って入り、話の本題を愛国心に戻しましょうと言ったので、司会も同意し、仕方なく、吉沢も同意した。強矢は吉沢に異議を唱えたが、吉沢は彼女を適当にあしらった。
美鈴たちは、吉沢たちが愛国心の名の下に(もとに)、靖国神社問題で日本人を選別しようとしていること、そして、自分たちとは思想や宗教観が異なる人間を反日勢力呼ばわりすることに、強い懸念(けねん)を示した。もし、そのような考えや態度が世に広まれば、それは、
日本社会で、靖国神社を巡って深刻な対立が起きかねない、
と付け加えた。
一方の吉沢たちは、自分たちは主張を変えるつもりはない。靖国神社に敬意を払わない人間は反日勢力だ。そう言って過言でない。かつて、石原慎太郎国会議員も、靖国神社を参拝しない人間は日本人ではないと発言しているから、我々の発言も思想も何ら問題ではない。
美鈴たちは反発した。それでは、日本国憲法に定められた個人の思想の自由、信教の自由はどうなるのか? 吉沢たち日本人至上主義者たちの考えは、それらを無視していると指摘した。
吉沢は、現行の日本国憲法がおかしいのであって、全ての日本人は靖国神社を参拝し、国家のために命を捧げた英霊に感謝するべきだ。それが日本人の条件だ、という主張を変えなかった。
ここで時間が来たので、第1回目の討論会は終わった。
続く
これは小説です。
次回 第240話 第1回目の討論会から解放された美鈴たちは、一息入れました。さて、その話題はなにか。次回もお楽しみに!
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