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眠れない強矢 愛国者学園物語 第215話

 その記事「強矢さんのライオン狩りとその背景」は、ホライズンの読者からは好評をもって受け入れられたが、日本人至上主義者たちの激しい怒りを買った。美鈴たちがいるホライズン東京支局には、

「子供を批判するなんて、まともな大人のすることじゃない」
とか
「これは強矢さんの名誉毀損(めいよきそん)だ」

などという抗議がネットや郵便で無数に届いた。美鈴はその反応に呆れたが、

強い味方

がいた。

 それは、あのマイケルの腹心だった男が経営しているハイテク企業が開発した、セキュリティソフトだった。世の中には、ホライズン宛てに、残酷な画像や人を侮辱する内容の電子メールを無数に発信する人々がいるので、その検閲ソフトを使いメールの中身をスキャンする必要があった。そのソフトが優秀だったので、

「マイケルはホライズンの守護神だ」
などと言うホライズン関係者も少なくなかった。マイケルに出会ったことでホライズンに入社した美鈴も、そのありがたみを感じた。

 だが、美鈴に

暴力的な制裁

をするというメッセージが届いた。ホライズンでは、脅迫には容赦しないという立場を取り、弁護士チームが警察などに交渉して、事態が深刻化しないよう手を打った。美鈴はホライズンが用意したボディガードをつけて、通勤せざるを得なかった。ホライズン関係者の中には、そんな美鈴をジェフのお気に入りだから特別扱いされていると、怒る者たちもいて、それが美鈴の心を傷つけた。

 

美鈴は激しい抗議と脅迫に恐怖を感じた一方で、それに慣れてしまったような自分に気がついた。

日本人至上主義者たちは、どうしてあのように激しく自分の意見を言うのだろうか。それは冷静さとは対極にある態度であり、とても受け入れられるものではなかった

。彼らは、日本を破壊する反日勢力と戦うと称して、過激な言動をするのだが、美鈴には、それが単なる好戦的な態度にしか見えなかった。

日本人至上主義者たちは、自分とは意見が異なる人間たちとは対話しない

。それは民主主義とは根本的に異なる態度ではないだろうか。世の中には、実に様々な意見を持つ人々がいる。だから、相手が自分の考えに従わないのは許せない、などと、いちいち激高・げっこうしていては、まともな大人の態度とは言えないじゃないの)。美鈴はジャーナリストだから、様々な人と話すのが当然の立場だ。そののせいで、それを嫌う人々についてはなかなか考えが及ばなかった。

 そういう気味の悪い圧力を感じる日々の中で、美鈴の心を爽快にしたのは、

あの田端彩子

だった。彼女はあるニュース番組で、強矢のライオン事件について意見を述べた。それによると、ライオンを踏みつけるという行為には、隠された意味があるのだという。ライオンは西洋では多くの紋章に使われている。フランスの自動車メーカー・ルノーの紋章や、イスラエルのエルサレム市の紋章もライオンだ。紋章学では、ライオンが後ろ足で立ち上がり、左を向いている様子を「ランパント」といい、西洋文明ではよく見られる紋章だ。東京にある某インターナショナルスクールは右向きのランパントをシンボルマークとしている。そういう事実を考えれば、強矢のライオンを踏むという行為は、

西洋を踏みつける

と同じであり、自分たちの日本人至上主義が西洋に勝つという意味なのだろう。田端はそう述べていた。

 彼女の快活な話し方を聞いて、美鈴は元気が出たような気がした。そして、田端に連絡をとり、ホライズンにその「強矢がライオンを踏みつける意味」を書いてほしいと依頼した。もちろん、田端は快諾(かいだく)した。

 複雑な思いだったのは、美鈴だけではなかった。美鈴たちのライオン狩り事件の記事で、当事者の

強矢悠里は大きな打撃を受けた

。あの狩りでは、自分が英雄的にライオンに戦いを挑んで、勝った。それなのに、あのホライズンの記事は、そんな自分の姿をぶち壊しただけでなく、自分が知らなかったことまで世界に広めたのだ。あのライオンは薬を飲まされたせいで動きが鈍かったなんて、誰も言わなかった。ライオンにとどめを刺したのは自分だとマスコミに発表したのに、あのガイドが銃を使って撃ち殺したという話が広まってしまった。学園の関係者や事務所のマネージャーは、ガイドたちに命令して黙らせたはずだったのに。

 自分は帰国してから、あらゆる機会を使って、自分がライオンと戦って大勝利したと自慢した。それで愛国者学園の仲間だけでなく、日本人至上主義者の有名人たちや尊敬する吉沢先生も、自分のことを褒めてくださった。ところが、ホライズンがあんなことを書いたせいで、クラスメイトや下級生たちがショックを受けた。これじゃ、自分の立場が……。強矢は小学校5年生でも、そういうことは理解出来た。

 だから、自分の大勝利に水を差すホライズンのことを思うと、怒りのあまり、顔が真っ赤に熱くなるのだった。それに、あの三橋美鈴がこの自分を馬鹿にする記事に関わっていることを知り、その怒りはさらに大きくなった。

 自分は愛国者学園の一員だから、反日勢力と戦うのが使命なのだ。偉大な祖国日本を批判するホライズンは反日勢力で、三橋美鈴はそのメンバーだから、反日勢力だ。そう、吉沢先生がおっしゃった。だから、自分はあいつら反日勢力と戦うんだ……。そういうことを考えていると、強矢は眠れなくなった。


続く 
これは小説です。

「東京にある某インターナショナルスクールは右向きのランパントをシンボルマークとしている」
これは、実在する「ブリティッシュ・スクール・イン 東京」のことです。私がその学校の開校をニュースで知り、そのホームページを開いたら、そのマークに気がついた。それでここに書いたというわけです。利害関係はありません。

次回第216話「死の静寂(せいじゃく)」
忙しい強矢が楽しみにしていること。それは得意のアーチェリーを生かしたハンティングでした。獲物を狙う時、周囲の音が聞こえなくなるほど集中する彼女。果たしてその獲物とは?
次回もお楽しみに!

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