聖戦ナンテアリハシナイ 愛国者学園物語180
桃子との長話を終えてから、美鈴は思った。
そうだ。桃子との話でも言ったが、あの5回目、6回目の会合では実に多くの話題が出た。あの数時間の話し合いだけでも、本が1冊書けるんじゃないか、そう思うほどの量だった。あの会話は録音してあるとは言え、あの場で学んだことをただ聞き流すだけでは、あまりにももったいない。記憶が新しいうちに感想をまとめておこう。
美鈴は自分が向学心に燃えていることに驚いた。JICA(ジャイカ)派遣の管理栄養士から、世界的なメディアのホライズンの一員になった自分は、研修だ、仕事だで、毎日が勉強の日々に立ち向かわなくてはならなかった。
管理栄養士になるために、大学時代の多くを勉強に費やしたせいか、ホライズンの勉強の山にもどうにか耐えられる気力があった。だが、同じ時期に入社した同期の多くはホライズンを去った。それも、勉強が嫌、あまりに多い作業が嫌、延々と続くレポート書きが嫌だ。そんな理由で新天地へと舵を切った仲間たちを見てきた。1時間ほどもかけて、その感想をまとめると、美鈴は、久しぶりに自分を褒める気になった。なぜかわからないが、美鈴はなかなか自分を褒めないのだ。
だから、今日の晩御飯には、お気に入りの
コロッケ
を作ろう。その買い出しのついでに、あの本も買わなくては。大きな街に出た美鈴は、今は少なくなった大きな書店を探し出して、芦部信喜(あしべ・のぶよし)の本、「憲法」の最新版である第7版を買い求めた。西田との会合で取り上げられた日本国憲法の大著を忘れるわけにはいかない。それに、かつて自分は護憲運動の片棒を担いで(かついで)いた人間だった。私は憲法学者じゃない。ただの人間だけど、それでも、その名著を知っている。しかも、今の私はジャーナリストなのだ。最新版の本に目を通しておかねば、名著を知らない人間だ、なんて糾弾(きゅうだん)されてしまうかも。あの本を知らなかった、あの有名な政治家じゃあるまいし……。
その晩はまた酒を飲んだ。
この夏の会合が次回で終わることを考えると、酒も苦く感じた。
(せっかくの機会なのに、もう終わりだなんて。もしかして、私に原因があって、終わりにされたのだろうか?)
それとも、西田の健康が優れないらしいことが原因か。初めて会った時と今は別人のようだ。彼の変貌は気になる。
そして、美鈴の心に浮かんでくるのは、桃子の微笑みだった。
(素晴らしい笑顔だった、まるで……)
美鈴はなかなか寝付けなかった。
翌日の午後、
あの映画「11‘09“/01 セプテンバー11」
を見た。世界各地から集まった11人の映画監督たちのオムニバス映画だ。911の同時多発テロに触発されて製作された一人当たり、11分9秒の短編の集合作品。
参加した監督たちは新進気鋭の監督たちと重鎮たちだ。イランの若い女性監督に、エジプトの巨匠。イスラエル、インド、ブルキナファソ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、英仏の著名な監督。メキシコのイニャリトゥはのちに『バベル』を監督した。それに米国と日本の今村昌平。911事件を題材にしても、実に様々な視点から、それぞれの作品が作られていた。美鈴にはブルキナファソの子供たちの話が面白く思えた。そして、トリを務めた今村の作品も。特にその最後で読み上げられる言葉
「聖戦ナンテアリハシナイ」
が強く美鈴の心を打ったのだった。
21世紀の日本人至上主義者たちは、あの太平洋戦争を良いものである、としている。そう、あの戦争を
聖戦
とみなす日本人至上主義者は少なくないのだ。美鈴にはその事実が重かった。
続く
これは小説です。