オラクル来たる 愛国者学園物語 第214話
人々がライオン狩りの興奮を忘れたころ、ホライズン東京支局に
「オラクル」が届き、
いつもは静かな支局は興奮に包まれた。「オラクル」と言っても、それはハイテク大手・オラクル社の人間が支局に来たわけではない。またオラクル、つまり神託(しんたく)が下ったわけでもない。
それは、ホライズンの最高意思決定機関であるザ・カウンシルから届いたレポートなのだ。オラクルには、ある事件の背景や真相が詳細に書いてあり、ホライズンのジャーナリストたちはそれを元に記事を書いて公表する。だが、部外者には「オラクル」のことは一切語ってはならない、という秘密の塊だった。
そう、美鈴たちの元に届いたオラクルに書かれていたのは、
あのライオン狩り事件の詳しいてん末だった
。
強矢悠里が殺したライオンは歳をとったオスで、施設では一番の年寄りだった。そのせいか、若いライオンたちにエサを取られてしまうので、
「じいさん」
の飼育に係は手を焼いていたそうだ。強矢との「対決」に際して、学園の関係者たちは「じいさん」に薬品を投与して、動きを鈍くすることを係に要求した。係はそれにノーと言うつもりだったが、施設長に命令されて拒否出来なかった。強矢はそんな「じいさん」ライオンに向けて、10本以上の矢を打ち込み、その胴体を穴だらけにした。だが、それでも「じいさん」は死ななかったので、見かねたガイドが銃で撃って殺したのだった。
トドメを刺せなかった強矢は怒り狂い、ガイドの制止を無視して、狩猟用ナイフで何度も「じいさん」を刺したという。だから、「じいさん」も強矢も血まみれだった。公表されたあの画像は、強矢がライオンの頭を踏んでいる写真は巧妙に修正されている。実際の写真は公開出来るようなものではなく、強矢も血まみれの服を着替えて、興奮を冷ましてから撮影していた。報道されたように、あのライオンの頭だけをはく製にして愛国者学園で展示するというのは、先ほど述べた理由で
胴体が穴だらけ、刺し傷だらけ
になってしまったので、全身をはく製に出来ないからだ……。
美鈴はそんなオラクルを読んで、最初は怒り、次に気分が悪くなった。
強矢のような、わがままな子供
を喜ばすために、そういう残酷な狩りを用意する大人たちに腹が立った。美鈴は生き物の命を奪うことに敏感なところがあった。幼い頃、生みの母と公園の池のほとりを歩いていたら、浮かんでいるカエルを見つけたことがあった。美鈴はカエルに石を投げたのだが、母にひどく怒られた。
「だめじゃない」
悲しそうな顔でそう言った母のことを、美鈴は今でも良く覚えている。それで、生き物の命の問題を時折考えるようになったのだ。実家が殺した家畜の肉を売る精肉店であることも、大学時代に中絶をしたことも、それに関係があるのかもしれなかった。
そういう自分から見ると、強矢悠里は
心が壊れた子供
にしか思えなかった。残酷なことをして、平然とそれを楽しむからだ。だから、強矢が通う愛国者学園のモットーである「反日勢力と戦う私たち愛国者」は、そういう粗暴な子供に油を注いでいるとしか思えなかった。こういう子供が大人になったら、どういう言動をするのだろうか。まともな大人になれるのだろうか? 現に、あのルイーズ事件がそうだ。興奮した子供たちは「ルイーズ狩り」をして、彼女を追いかけ回した。何人もの子供たちが「殺せ!」と絶叫しながら走っていた。そうだ、お母さんが間に割って入らなければ、あの子たちはルイーズを殺していたかも……。
そういう事実を知っても、美鈴は自らが母親でもあるせいで、愛国者学園の子供たちにも関心を持っている。強矢のような子供は嫌いだが、あの学園の全員を嫌っているわけでもなかった。桃子いわく、「みつはし肉店」には、学園生も少なからず来店しては唐揚げなどを買ってゆくが、そんな彼らは、普段の勇ましいモットーを叫ぶ学園生とは思えないほど良い子だそうだ。
「あの子たちはまるっきりの悪人じゃないのよ」
と言った桃子の顔を思い出した。それに、美鈴は好奇心の塊だ。だから、あのオラクルを元に、ライオン事件の記事をまとめるチームに加えてもらい、記事を書いたのだった。
美鈴は、自分の心に正直にそれをまとめた。そして、あの子たちがどういう大人になるのか、気になるという意見を付け加えて、上司に提出した。自分たちがまとめた記事が、強矢や日本人至上主義者たちの怒りを買うことも覚悟のうえで。
続く
これは小説です。