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さらば マイケル! 愛国者学園物語 第218話

 その日。美鈴は、夕方まで記事の編集会議に出ていた。

 美鈴はホライズンでは中の下ぐらいのランクだが、それでもリーダーシップをとって、仲間たちをリードすることもあるのだ。その仕事をどうにか片付け、オフィスへ戻ろうとした時だった。嫌な足音がして、仕事終わりの解放的な気分は恐怖へと化学変化した。

 東京支局の廊下は、なぜかハイヒールの足音がよく響く。そのせいで、誰かが急いで自分たちがいる

会議室に近づいてくる音が異様に大きく聞こえた

のだ。

 足音の主は姿を見せると、2秒ほど黙ったまま、悲しい目で美鈴を見つめた。その時間に耐えられなかった美鈴が口を開こうとすると、彼女は
「マイケルが」
と言って下を向いた。


 美鈴は走った。オフィスでは、引きつった表情の仲間たちがテレビを見つめている。CNNだ。そのうちの一人、いつもクールガイを自称するネパール人の男が、今までに聞いたことがない悲しい声で、
「ミスズゥ」
と言った。

 テレビの字幕にはKilledの文字が流れている。それから数分間のニュースを見て、

美鈴はマイケルが殺されたこと

と、その犯人について知った。そして、泣いた。

 米国の国家情報長官を務めた元空軍大将がロサンゼルスで暗殺された。そのニュースは全米に衝撃を与えた。銃撃したのは白人至上主義者の若い男で、ヒスパニック、かつ、日本が好きだと公言しているマイケルが気に入らないから殺したと、警察に語ったそうだ。

 
 容疑者は18歳で米陸軍に入隊し、軽歩兵部隊での勤務を最後に24歳で除隊したものの、定職につかず家にこもっていた。唯一の外出は週に一、二度、射撃練習場に行くことだった。男は標的に向かって罵声を浴びせながら、自動小銃を乱射することを楽しみにしていたのだ。親が資産家であるせいか、金払いは良かったとされる。

 また、この男は白人至上主義者のサークルに顔を出すようになり、米国の

白人文化を守ると称して、米社会の多様化に反対するデモに

も加わっていた。この男が、いつどのようにして、マイケルに注目したのかは不明だった。マイケルは一時、ある大統領選挙のヒスパニック系候補者から副大統領にならないかと勧誘され、マスコミはそれを大々的に報道したことがあった。それは、白人至上主義者たちの激しい反発を招いたのだが、それが原因なのか真相はわからない。男は、簡単に入手出来る半自動のAR-15自動小銃を買い、それを違法改造して、全自動射撃が可能な銃にした。そして、ロスのリトルトーキョーにある寿司店の前で待ち構え、出て来たマイケルを銃撃したのだ。


 男は瞬時にマイケルに30発の弾丸を撃ち込んだ。そして、新しい弾倉をつけてさらに30発撃ち、撃ち終わると、

「ホワイトパワー! ホワイトパワー!」

と絶叫して、拳を宙に突き上げた。そして、警察官が到着するまで、笑みを浮かべながら、悠々とタバコを吸っていたのだった。

 男がどうやってマイケルの居場所をつかんだのか、黙秘している。だが、銃撃のあった寿司屋にマイケルがよく顔を出していることは、事件以前にネットで話題になっていた。
「親日家の元将軍が通う寿司店」
という文言で、店でマイケルを見たというコメントがいくつか発見された。

 それから1週間後。葬儀の行われるロサンゼルスまでの空の旅が、美鈴には何も感じられなかった。

子供のころ、「ターミネーター」を見て

、ロスに関心を持った。そして、高校生の時、桃子と二人でこの街に1週間滞在して観光を楽しんだ。それ以降も、南米のバルベルデへの行き帰り、ここで飛行機を乗り換えた。ホライズンに入ってからは、自分をその世界へと誘った恩人であるマイケルの故郷として、ここは特別の場所になった。だが……。

 マイケルの葬式はロス郊外の墓地で執り(とり)行われた。遺体は損傷の度合いが大きかったので、ジェフのようなごく限られた友人と家族だけが、最後の別れをした。彼が空軍大将かつ国家情報長官だったことから、米政府の、特に情報機関の関係者や米軍の高官が多数参列し、ホライズンからは無二の親友であるジェフや、マイケルにスカウトされてホライズンに入社した人々が加わった。美鈴はそういうマイケルつながりの人々を知っていて、その内の三人とネットで話したことがあるものの、他にはコンタクトしたことはなかった。美鈴を含めてその数は12人で、冗談半分に12使徒と呼ばれており、全員が一同に会するのはこれが初めてだった。彼らは握手とハグを繰り返してすぐに打ち解け、かつ、痛みをわけあった。

 バルベルデから米国に移民した作家アルマ・ロドリゲスがニューヨークから飛んできて、弔辞を読んだ。

 
 バルベルデ系移民は、紛争国家から逃げてきた連中だと馬鹿にされている。マイケルはそれにめげずに立身出世をし、空軍大将、電子情報機関の国家安全保障局(NSA)長官、それに国家情報長官になるなど米国に貢献した。そして、その広い心で日本を愛し、寿司を好み、多くの友人を作った。彼はバルベルデ系米人の誇りであるだけでなく、全ての米人の誇りである。

 私たちは、私たちから彼を奪った暴力を認めない。そして、それが全ての米国人の信念になって欲しい。暴力は何も生まないからだ。私たちは暴力を選ばず、マイケルが教えてくれた博愛と友情を胸に、これからも生き続ける。マイケル、ありがとう。

 美鈴は悲しみのあまり、暗黒の闇に落ちそうだった。だが、憧れの人である

アルマが自分に話しかけている

のに気がつき、あわてて目を開いた。それはジェフの思いやりだった。美鈴がアルマの本を良く読んでいたことをジェフは知っていて、アルマにそのことを教えたのだ。美鈴は信じられないような出会いに驚き、アルマが彼女をお茶に誘ったことにも驚き、どう答えたらいいか迷った。それを見ていたジェフが助け舟を出してくれたので、美鈴はアルマと出かけることにした。

 二人を乗せた車は、途中で意外なデモに遭遇した。それは、マイケル殺害に使われた

自動小銃AR-15への規制に反対する人々の群れ

だった。この銃は全米各地で発生した銃乱射事件で良く用いられていることから、危険な武器であることは事実なのだが、その販売や所持の規制には、多くの米人が反対した。ロビー団体としても有名な全米ライフル協会(NRA)の広報担当者は、

 マスコミの取材に、マイケル殺害事件は残念に思うが、犯行の武器として使われたAR-15の規制に反対する。なぜなら、米国の憲法は国民が銃を持つことを認めているからだ、と従来の主張を繰り返した。

 アルマも美鈴もそういう銃規制反対論者たちの主張を知っていた。だから、そういう人々の群れを見ても驚きはしなかったが、心は重かった。

「私たちには銃を所有する権利がある」
「銃に罪はない」
「マイケル事件と銃は無関係だ」

そう書かれたプラカードの群れを横目に、美鈴たちの車はロスの街を走った。灰色の空に覆われて、夕日は見えなかった。



続く これは小説です。

穴子の寿司が大好きなマイケルは、私が想像したキャラの中でも一番の人気者でした。その彼を……するのは気が引けました。

マイケルを銃撃した犯人が「ホワイトパワー! ホワイトパワー!」
と絶叫した。このエピソードは実際にあった出来事です。また映画「ブラック・クランズマン」でも、劇中に登場する白人至上主義団体KKKのメンバーがこれを叫ぶことが、描写されています。

AR-15は、米軍などが使うM-16自動小銃の原型です。AR-15は半自動の銃でありながら、それを違法に改造して全自動にする人が絶えないこと。また、米国各地で発生した銃乱射事件において、犯行の武器として使われることが多いと報道されています。





次回第219話 マイケルの悲劇は美鈴に強い悲しみをもたらしました。
その一方で、ある人との出会いのきっかけにもなりました。
さて、その人とは。次回もどうぞお楽しみに!


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