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「田園調布駅前での事件とは?」

  わたしは、左足が悪い。足が不自由な人と言っていいであろう。
 
 原因は、脚にあるのではなく「脊柱管狭窄症」であるからだ。
 簡単に言うと「腰痛が原因」で、背骨の骨がひしゃげてしまい神経に当たるのが原因だ。MRIを取らなくてもレントゲン撮影で原因がよくわかる。
 
 最悪の時は、30メートル歩くのに3回休息を入れ、カタツムリのようなゆっくりとした足取りだ。
 
 今年の冬は、寒さもあったのだろう。
 傷みがひどく、何回か「神経ブロック」注射を打った。
 太くて大きい注射器だった。痛いですよ、というだけあって、注射の後も痛みが残った。
 
 普段は、杖を用心のために使う。その方が体の安定感が良い。
 今年の冬、わたしは学生の冬休みと同じく、これといった定期的な仕事が入っていなかった。これを本当の自由業と言うのであろう。
 
 それで、田園調布駅からすぐ近くの所で清掃のアルバイトがあることを新聞で知った。
 
 80歳まで大丈夫なお仕事だ。朝の5時から仕事が始まり、朝の9時には終わる。丁度、会社員が来るまでの仕事であった。一回働きに行くと、6000円近くになるのが魅力であったし、朝早く起き、働くことは健康的である。
 
 面接を数回受け、すぐに決まった。
 
 そこは、日本全国でも清掃を専門にやっている大手企業であることを知った。
 
 作業着を借りた。運の悪いことにズボンがなかった。係の人が、ズボンがないので新しいのが来るまで、午後から働きに来る人のズボンを履いてくださいと言った。見知らぬ男性とズボンだけ共有するのだ。嫌だなあ、と思ったが、所詮は、清掃業、汚れるんだからどうでもいいだろうと自分に言い聞かせた。
 
 掃除の内容であるが、ほとんどがダスキンでほこりを取るのが仕事であり、雑巾がけはなかった。
 
 当日、いつもの革カバン姿で行って作業着に着替えた。
 
 70歳くらいの男性と大阪出身の30代の女性と班を作り現場へ行った。
 そうじを始めると、その30代ちょっとの女性がすごくうるさい。ここにダスキン、あそこにダスキン、それが終わったら向こうのソファーにダスキンと、すごい早口で言われた。
 
 もう、頭の中がショートしていて、どういう順番でどこをダスキンがけをしたらよいのか分からず、運の悪いことに腰痛が出て、カーペットの上で一回転をし、横になった状態になった。その女性は、いじめの達人なのか、そこで休まないで、ダスキンかけをしてくださいという。
 
 わたしは、腰が痛く、脚まで痛くなり、そこにうずくまった。
 みんな、班の連中はどこか他へダスキがけをしに行ったのだろう。
 
 仕方がない、今日は初日であるからこれくらいにして帰宅することにした。腰痛がひどいため、脚がずきずき痛み歩行が困難だった。
 段々と時間が9時近づいてきて、人の出が多くなった。
 
 わたしは、田園調布駅前で歩けずにうずくまった。
 
 人が皆、わたしを見、わたしを案じて集まって来た。
 
 救急車を呼びますか?と多くの人に言われた。
 わたしは、「脊髄官狭窄症」でありそれで足が痛むと言っても誰も聞いていない。
 
 パニックに陥りそうである。
 わたしは、普段、スマホは持ち歩かない。それで見知らずの人からスマホを借り妻に電話し、助けに来てくれと頼んだ。
 娘まで飛んできた。
 暇なのか、興味本位だなあと思った。
 
 結局、見知らぬ人がトラックを用意してくれて、トラックに乗り無事に帰宅することになった。
 
 その後、すぐに整形外科へ行き、「神経ブロック剤」を打ってもらい、帰宅途中にらーめん屋に寄れるくらい回復した。
 妻は、清掃会社の人に何か粗品をもっていって謝らなくてはと言う。
 娘は、パパ、おいしい担々麺だったね、という。
 
 こういうことが、今年、お正月が終わってすぐにあったのだ。
 今は、笑い話となった。
 
 創作大賞に出す、「原稿」は出来上がり、こんなくだらない話さえできる余裕があるのだ。
 
 人生、苦あれば、楽あり!
 


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