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【映画】「アット・ザ・ベンチ」

 日の落ちた街を歩いている時、マンションの灯りがついている部屋を数えるのが好きだ。ある部屋はオレンジがかった温かみのある電球、その隣は青白いパキッとした光、さらに隣はまだ暗い。

 廃墟が好きだ。経年劣化でほとんど形がないようなものにも風情がある。レトロに薄汚れた独特の色彩や今とは違う形の屋根、錆びついた看板は愛おしい。
今はもう古くなってしまっても、そこには人の息遣いが残っているからだ。
私の住む街には古い店や家がたくさん残っている。
例えばこの店がまだピカピカの新築だった頃、持ち主は完成をどれほど待ち侘びたのだろう。オープンの日には皆で記念写真を撮ったかもしれない。お客さんはたくさん入っていたのだろうか。少なくとも今ここに残るくらいに愛されていたはずだ。たくさんの喜びやあるいは悲しみも耳にして、それでもなお人々を見守ってきたのだろう。

人生とも言えるし、日常とも言える。そういう何でもない軌跡に目を凝らすのが好きだ。

「アットザベンチ」を観に行った。素晴らしい映画だった。


取り壊しの決まった古いベンチ。その変哲もないベンチを中心に5つのショートストーリーが展開されていくのだが、大きなドラマはない。
この映画の特徴は、日常の何でもなさを本当に何でもないように映していくところだと思う。

触れそうで触れられないもどかしい距離感の幼馴染。別れ話をするには仲良しなカップル。曇り空の激しい姉妹喧嘩。2.3年もすれば笑い話になっていそうな、はたまた忘れてしまいそうな、意味もなく取り留めもない会話ばかりだった。
あぁ、こういう会話私にも覚えがあるな。
ただのベンチの立場でその風景を共有しながら、私は普遍的な日常の美しさに想いを馳せていた。

その上で、ep4はスパイスのようにこの映画をもっと煌めかせ、深みを出している。(ep4は特に、監督である奥山由之さんが脚本を担当されている。)
ただのベンチだけど、ただのベンチじゃなかった。ベンチの背景がユーモラスに演出され、私たちの視点も一旦”ただのベンチ”を離れることになる。
私たちが疑いももたず受け入れ、楽しんだり、すれ違ったり、愛し合ったりする"日常"や”会話”を再解釈して、俯瞰した視点から人間のよろこびや幸せについて考える。




ep5では、もういちど人間の視点にたって幸せや寂しさを捉え直す。
見終わった時には不思議と口角が1cm上がっているような、そういう映画だった。

この気持ちは何だろう、と思い出した時に私は暗い街や廃墟を歩いている時のあの感覚を思い出した。寂しい、というには暖かい。
時の流れや変化は誰にも止められない。ただ息をするだけで、今この瞬間も絶えず変化している。その不可逆性に傷つくより、手を繋いで歩いていくことができるのが人間だ。

「幸せの残したものなんだよ、寂しいって」(うろ覚え)のセリフが胸に沁みた。


私が奥山由之監督の作品に興味を持ったのは写真集「windows」からだ。不透明なガラス越しの風景を切り取って、そこに確かにある誰かの存在を映し出す。
そのコンセプトを知った時、日常や他者への関わり方に非常に共感する部分があった。だからこの映画は見に行きたかったし、見にいくことができてよかった。
私はパンフレットを結構買ってしまう性質なのだが、今現在は販売されていない。製作中ということなので手に入れてからまたこの映画のバックグラウンドを深く知ることができるなら本当に嬉しい。



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