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新型ウイルスへの警鐘は読者に届かなかった。浮き彫りになったメディア不信とその対策(翻訳解説)

■「アメリカ国民の多くが当初、新型コロナ報道を他人事のようにスルーしていた。その原因はずばりメディアへの信頼が低かったから」と語る研究者の記事を、アメリカの大学でジャーナリズムを学ぶ大学生、小宮貫太郎( @KantaroKomiyaJP)が翻訳・解説します。
■ 「アメリカではニュースメディアへの信頼度が1970年代をピークに低下し続けているが、メディア側にもその責任の一端がある」と説き、報道機関の多様性・透明性を高めるなどの対策を実例とともに紹介する記事。
■ 日本においてもメディアの信頼性問題はそれこそ他人事でないので、かつてないほど報道に注目が集まっているこの機会に、考えていきたいです。

先週、新型コロナウイルスの累計感染者数が中国・イタリアを抜き世界一となったアメリカ。COVID-19による死者も毎日数百人単位で増え続ける一方、経済面では史上最高の週間失業者数を記録しました。紛うことなきパンデミック状態です。

中西部インディアナ州の片田舎に残っている僕自身も、ロックダウンの影響でほぼ家から出ない日が続いていますが、それにしても「本当に急に事態が進行したな」という印象です。州内最初の感染者が出てから、大学が閉鎖され、州内外出禁止令が敷かれるまでわずか2週間強の出来事でした。

自分自身でも正直、こんな状況になるとは思っていませんでした。確かに国内で最初の感染があった1月下旬から連日のようにニュースが飛び込んできたものの、まさか自分たちがここまで物理的影響を受けるとは予想していなかった人が、アメリカではほとんどのように思います。

そんな中、アリゾナ州立大のジャーナリズム研究者による『メディアが数ヶ月前から危険性を伝えていたのに、なぜ人々は耳を傾けなかったのか』という分かりやすい解説記事を見つけたので、日本語にして紹介しようと考えました。この記事の筆者はずばり、人々がニュースを受け流してしまった原因は「メディア不信」にあったといいます。

メディアの信頼性に関しては既に日本語で様々な記事・研究が発表されており、自分が追えている最近のものだけでも以下翻訳記事内にいくつか関連ソースを貼りましたが、ここではそれに加え、この国際比較グラフをご覧ください。

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出典:Reuters Institute Digital News Report 2019, 21ページ

英ロイター・ジャーナリズム研究所の最新の報告書によると、「大抵の場合大抵のニュースを信頼している」と答えた日本の回答者の割合は39%で、これは38カ国中25位と、下から数えた方が早い位置にいます(両隣はクロアチアとアルゼンチン)。この結果が示す通り、諸外国と比べても、日本国内におけるニュースメディアに対する信頼度は決して高いものではないようです。なおアメリカは32%で38カ国中32位でした。

もちろんこれは媒体や読者層といったカテゴリーごとの分析も、メディアリテラシーの視点も反映されていない単純な指標です(後述の記事内でも説明されているように、実際には人々はメディアを総体としては見ず、個々のソースごとの信頼性を判断する傾向にあるようです)。調査手法はオンラインのみ、サンプル数も各国2千人程度という点にも留意する必要があります。

ですが、一般的に「ニュースは信用できない」と思っている読者が少なく見積もっても数十%はいる中で、どのように情報を伝えるか・信じてもらうかというのは、伝える側にとって国を問わず大きな課題です。まして今回のように一刻を争う危機の際には特にそうです。

ソーシャルメディア上で虚偽情報が飛び交い、アメリカを初め各国で政治が大きく揺れ動いた2016-17年のように、2020年もまた違った形でニュースメディア・報道機関に対する信頼性が大きく取り沙汰されていくでしょう。新型コロナウイルスによってニュース、報道そのものが大きく注目されている今、アメリカでの直近の例をもとに日本でも「メディアと信頼」について考えるきっかけになればと思い、この翻訳記事を出すことにしました。

# 翻訳元原文:Jacob L. Nelson. “Coronavirus: News media sounded the alarm for months – but few listened.“ The Conversation. March 26, 2020.
# この翻訳は筆者から直接許可を得て、また掲載元The Conversationのクリエイティブコモンズライセンスに則り、掲載しています。
# 文中のリンクは原文通り、[]内は訳註、太字強調は訳者による。
# 以下は全て記事+著者プロフィールの翻訳です。

コロナウイルス :メディアが数ヶ月前からその危険性を伝えていたのに、なぜ人々は耳を傾けなかったのか

ジェイコブ・L・ネルソン(アリゾナ州立大学助教)

中国・武漢で新型コロナウイルス感染症が広まり始めて以降、アメリカの大手メディアのジャーナリストたちは、その急速な感染拡大に潜む様々な危険性について繰り返し伝えてきました。

しかしカリフォルニア州、ニューヨーク州などが大規模封鎖に踏み切るような段階に至ってもなお「新型コロナはメディアが煽るほど大した問題ではない」と考えているアメリカ国民が数多くいます。3月中旬に実施された世論調査によれば、「コロナウイルスは現実の脅威である」と考える人は国民の56%に過ぎず、また実に38%もの人が「この問題は誇張されて報道されている」と回答しました。さらに最近の調査[3月18-22日の電話調査]でも、新型ウイルスが「現在自らの家庭が直面する最大の懸念」と答えた人の割合は、3人に2人以下の57%でした。

新型ウイルスに関してこれまで大量の報道がなされてきたのは事実です。例えばニューヨークタイムズ紙はウイルスのグローバルな感染拡大状況を継続的に伝え、感染力が非常に強いという特性を強調してきました。

最近では、ワシントンポスト紙が一連のビジュアルデータによって、国内での感染による影響を抑え込むための “flattening the curve”[いわゆるピークカット戦略]の重要性を伝えてきました。

[関連:平和博・桜美林大学教授による、ワシントンポスト史上最も読まれたビジュアル記事の解説↓]

新型コロナウイルスはテレビニュースでもトップで報じられてきました(そしてソーシャル・ディスタンシングはテレビの報道コンテンツの制作にも影響を及ぼしています)。

人々がニュースを見てないというわけではありません。むしろ、オンラインでのニュース消費は3月上旬から急激な伸びを見せています。

[関連:メディアコラボ・古田大輔さんとSmartNews・藤村厚夫さんのツイート、Media Innovation・土本学さんによるニュース消費増加の指摘↓]

にも関わらず、無視できないほどの割合のアメリカ国民が、メディアが数ヶ月間警告してきたパンデミックという現象に対して、無防備・無知なまま過ごしてきました。そして現在、アメリカはまさにそのパンデミックに突入してしまいました。

なぜこうしたことが起きてしまったのでしょうか?

ジャーナリズムとパブリックの関係性を研究する学者として、私は、ジャーナリズム研究者の間で、ある答えがコンセンサスになりつつあるのを見てきました。それはシンプルに、「人々は読んでいる・視聴しているニュースを信用していない」ということです。

ジャーナリズムの信頼性危機の原因は

メディアの信頼性低下問題は今に始まったことではなく、過去数十年にわたって報道業界の課題であり続けています。ジャーナリズムが最も信頼されていたのは1977年、アメリカ国民の72%がニュースメディアを「とても」もしくは「ある程度」信頼すると回答していた頃です。

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翻訳元グラフギャラップによる元データ

以降、メディアへの信頼性は長い間下り坂を辿っており、現在、マスメディアを信頼しているのは国民の41%に過ぎません。この数字は2016年の史上最低値32%よりは良いとはいえ、過半数のアメリカ国民は日々接するメディアに対してほんの少ししか、あるいは全く信頼を置いていないということを示しています。

[関連:日本でもニュースメディアへの信頼は年々低下しています。不破雷蔵さんによる解説↓]

なぜこれほどまでにジャーナリズムが信頼されていないのか、報道業界関係者はこれまでいくつかの原因を探り出してきました。1つには、ソーシャルメディア上に蔓延する虚偽情報の嵐が、本当のニュースとフェイクニュースの境目を曖昧にしているという点があります。

政治もまた1つの要因です。政治家たちがニュース記事や報道機関に「フェイクニュース」というレッテルを貼ることによって、一般読者は政治的イデオロギーという尺度でニュースの良し悪しを判断するようになってきました。「ニュース」と銘打ちながらミスリード記事や虚偽情報を掲載することもある「右翼メディア生態系」は、現在、多くの研究者の研究対象となっています。

[関連:林香里・東京大学教授による2017年の著書。独英米日の事例研究をもとに世界・国内におけるメディアと信頼について詳しく解説↓]

そして、報道業界自体もメディア不信に責任を問われるべきと考える研究者もいます。ジャーナリズム研究者のメレディス・クラークによれば、[アメリカの]ニュース企業は有色人種の採用に関して遅れをとっています。またアンドレア・ウェンゼルの研究によると、報道機関内での多様性の欠如は、読者からの信頼度に影響を及ぼしています市民は、メディアの記者や編集者、インタビュー対象に自分たちが投影されていない・扱われていないと感じた場合、そのメディアが彼らのコミュニティを正確に代弁していると考える可能性が低下し、結果として信頼を置くことも少なくなります。

[関連:メディアコラボ・古田大輔さんによるツイート。ロイター・ジャーナリズム研究所のデータを引用し、日本の報道機関のジェンダー多様性の欠如を指摘↓]


ニュース読者の信頼とロイヤリティの関係

新型コロナウイルス報道の受容に関して、メディアの信頼性問題が浮き彫りにされています。最近のエデルマンの調査によれば、新型コロナウイルスに関しては、ジャーナリストは最も信頼されていない情報源ということが判明しました。調査対象の10カ国の人々は、ジャーナリストより、そして報道機関が全体として伝えるニュースより、ヘルスケア企業CEOの言葉の方がより真実に近いと考えているようです[日本・ブラジル・カナダ・フランス・ドイツ・イタリア・南アフリカ・韓国・イギリス・アメリカ10カ国の総計]。

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翻訳元グラフエデルマンによる元データ。なおエデルマン・ジャパンによる日本国内のみの調査結果では、「ニュースメディア」が4位、「ジャーナリスト」が12位となり、最も信頼度の低い情報源は「現在コロナウイルスが大流行している国の政府」となっている。最も信頼できる情報源は変わらず「科学者」と「主治医」。]

人々が個々のジャーナリストに比べて「ニュースメディア」をより信頼すると回答した背景には、ニュースメディアとジャーナリストとの関係性についての誤解が存在するのかもしれません。一般市民は、「ジャーナリスト」はより個人的な動機で活動している一方、「ニュースメディア」はより総合的で、したがって比較的バイアスがかかっていないと考えている可能性があります。あるいは、この違いは単にアンケート調査の質問の分かりにくさに起因するのかもしれませんが。いずれにせよ、一般市民の、メディアの新型コロナウイルス報道に対する不信は、ジャーナリズム全体に対する不信の一局面であることは明らかです。

ところで私は最近、南カルフォルニア大学のメディア研究者であるス・ジュン・キムとの共同研究において、一般市民のニュースメディアへの信頼あるいは不信の度合いは、ニュースメディアが均質な存在でないことから測定が難しいことを明らかにしました。我々が学術誌Journalism Practiceに発表した論文で述べたように、人々はあるニュースソースを信頼すればするほど、そこから発信されるニュースをより求める傾向にあります。

我々はまた、人々が特定の媒体のニュースを信頼するにつれて、他媒体のニュースを見なくなることも発見しました。例えば、テレビ報道により信頼を置いている人々は、新聞を読む頻度が下がるようです。我々の出した結論は、人々は「ニュースメディア」を、信じるか信じないかを判断できるような一つの同質な存在として捉えているのではないということです。人々はニュースがあらゆる情報源から成っていることを理解していて、その上で信頼に足るソースとそうでないソースを区別しています。

それでは、一体何が一般読者からの特定のニュース媒体の信頼性を高め、あるいは下げているのでしょうか?

ジャーナリズムへの信頼を高めるには

人々が何をもって、個々のジャーナリストや彼らが作り上げるニュース媒体を信頼しているのか、詳しく突き止めることは困難です。よって、ジャーナリストが直面している読者の信頼性問題を解決するために何をするべきか、具体的な方策を知ることはできません。

であるがゆえに、様々なアプローチが信頼性に関して試みられています。

例えば、取材報道過程そのものを明らかにすることで、より信頼のおけるニュース源として見てもらえると考えるジャーナリストや研究者もいます。

一例としては、ワシントンポスト紙は、記者が実際どのような仕事をしているのか読者に理解してもらうため、「ジャーナリストになるには」と題した動画シリーズを公開しました。その中の一本は、ワシントンポストの政治記者に、民主党予備選を取材してきた過程を尋ねるインタビュー動画です。大統領候補討論会の舞台裏を公開している動画もあります。

[関連:NHK・辻浩平さんによる記事。日本では「オープンジャーナリズム」としても知られている、ニューヨークタイムズでの同様の取り組みについての関係者取材も↓]

このようにメディア内部の透明性に重点を置く戦略が、読者からの信頼度を高める上でどれほど効果的であるのかはまだはっきりしていません。テキサス大学オースティン校のメディアエンゲージメントセンターが最近出した研究は、記者たちが詳細なプロフィールを公開することで信頼性が高まる(もしくは逆に低下する)ことはないと結論付けています。

一方、同センターの別の研究では、メディアがニュースの制作過程を説明するコーナーを設けた場合、読者の報道機関に対する印象が向上したとの結果が出ています。

メディアが新型コロナウイルスの感染拡大に際して信頼性を高めるためには、こうした、また他にも以下のようなアイデアを試す価値はあると私は思っています。例えばより直接的に読者と交わること読者の属性をより報道スタッフに反映させることなどです。

[関連:NHKクローズアップ現代による特集記事。西日本新聞「あなたの特命取材班」を始めとするコミュニティ密着型ソリューションズ・ジャーナリズムの取り組みを紹介↓]

いくつかの産学連携プロジェクトとして既に行われているように、こうした取り組みの有効性を研究として測定することも、そのインパクトを理解する上で必要だと思います。

人々の信頼について検証可能なデータを持つことは、特に危機的状況下では極めて重要です。これらの手法によって、 日々信じがたい情報が飛び込んでくるような現在においても、ニュース報道への信頼を回復することができるのではないでしょうか。

著者プロフィール

ジェイコブ・L・ネルソンは、アリゾナ州立大学ウォルター・クロンカイト・ジャーナリズム大学院で助教を務めている。専門は「デジタルオーディエンスエンゲージメント」。ジャーナリストとその読者との関係性の変化について、定性的・定量的手法で研究を行っている。

Journalism & Mass Communication Quarterly、Digital Journalism、Journalism Practiceのような学術誌に論文を発表しており、Columbia Journalism Review、MediaShift、Digital Content Next等一般誌への寄稿も行う。2017年には、コロンビア大学ジャーナリズム大学院のTow Center for Digital Journalismにおいて、Knight News Innovation Fellowを務めた。

ネルソンは、2018年5月、ノースウェスタン大学Media, Technology, and Societyプログラムにおいて、Ph.Dを取得した。博士論文では、報道業界の苦境に伴ってバズワードとなった「オーディエンス・エンゲージメント」が、どのように定義・追求・評価されているのか、3つの報道機関を比較し研究した。

大学院入学前は、シカゴ郊外の小さなコミュニティであるハイランドパークを扱うハイパーローカルネットメディア『Patch』で、編集者として勤務していた。

著者Twitter:https://twitter.com/jnelz


*5月4日追記:新型コロナ報道に関する別の記事を新たに翻訳解説しました。今回のネルソン教授の解説と違い、「そもそもメディアは新型コロナ報道を誤っていた」という立場から、同業のジャーナリストなどに取材して書かれた論になっています。こちらもぜひ。