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30年日本史01015【南北朝前期】光明寺合戦 不吉な和歌
南北朝時代の戦いは、Wikipediaにも載っていない知名度の低いものが多いです。戦国時代に比べて人気がないからでしょうね・・・。
赤松則祐が帰郷した後も、光明寺を取り囲む尊氏軍の兵は徐々に減っていきました。兵たちの士気もどんどん下がっていきます。
さらに決定的な事件が起こります。尊氏軍が陣幕の中で休んでいたところ、南東から怪しい雲が湧き上がり、風に乗って運ばれてきました。百万とも千万ともいう鳶や烏たちがその下で飛び回り、さらに強い風が吹き始めて木の葉が空一杯に飛んできました。
徐々に近づいてきた風をよく見ると、なんと真っ白な旗が一枚、天から垂れ下がっているのが見えました。白い旗といえば源氏の旗ですから、これは源氏の守護仏である八幡大菩薩でしょう。
今回、尊氏党と直義党の戦いですから、源氏同士の戦いです。兵たちは
「この旗が落ちた側がきっと戦に勝つぞ」
と言って、両軍の兵たちが手を合わせ、拝み始めました。
この旗はあっちへ行ったりこっちへ行ったりして、しばらく漂っていましたが、遂に尊氏軍の方にやって来て、まっすぐに落ちました。落ちた場所は高師直の陣幕の中でした。
師直は兜を脱ぎ、三度礼をしてよくよくこれを見ると、なんと旗ではなくて単なる古紙で、その裏には2首の歌が書かれていました。
「吉野山 峰の嵐の はげしさに 高き梢の 花ぞ散りゆく」
「限りあれば 秋も暮れぬと 武蔵野の 草はみながら 霜枯れにけり」
師直はよく分からず、周囲の者に、
「この歌はどういう意味だろう」
と尋ねました。
多くの者は
・「高き梢の 花ぞ散りゆく」とは「高という苗字の者が滅ぶ」という趣旨である
・「吉野山 峰の嵐の はげしさに」とは「以前、吉野にあった蔵王堂を焼いた師直の罪が裁かれる」という趣旨である
・「武蔵野の 草はみながら 霜枯れにけり」とは、武蔵守である師直が滅ぶ趣旨である
と考え、非常に不吉な歌だと思ったのですが、本人にそのように説明することは憚られ、
「めでたい歌です」
と嘘をついたのでした。
このように、太平記はあまりに非現実的なエピソードを挿入していますが、これは高師直が滅ぶための伏線作りのようです。