TENETの脚本と本編の差分から、編集の狙いを考察してみます。
現場のアドリブなのか。(監督の判断)
ポストプロダクションの産物なのか。(編集者の判断)
考えながら読むと面白いです。
スタルスク12の作戦直前。
主人公がキャットに携帯電話を持たせる場面です。
少し長いので分かりやすくするために番号で区切ってあります。
▼脚本:
▼映画:
▼解説:
TENETは脚本をインターネットから入手できるのですが、実際の本編とは微妙に異なる部分が多いです。
全体的な傾向としては、脚本には存在した説明台詞がカットされているケースが多いです。これはノーラン監督のセンスで、映画をテンポアップして時間を短縮するために台詞の無駄を削っているからだと思われます。
これは英語を声に出して読んでみると分かります。本編の方が少ない単語数で話しています。ノーランの映画は全体的にとにかく会話のスピードが速いです。普通の映画では一人くらいバカな登場人物を作って、その人に説明する形で観客に親切に教えるのが定石なのですが、ノーランはそれをあまりしません。これが彼の映画の会話劇がスタイリッシュになる要因の一つでしょう。
そのため、観客は初回視聴時は頭をフル回転させて置き去りにされないように集中して観る必要があります。そして、それでもTENETは2時間30分ありますからね。極限まで言葉を削る必要があったのでしょう。
しかし今回取り上げた場面はやや特殊で、話している内容はトータルではあまり変わらないのに、順序が入れ替えてあるので印象が変わります。
脚本では
1)ニールはどこ?
2)キャットの今後の予定確認
3)主人公の懺悔
4)母親としての覚悟
5)セイターへの怒り
6)人を殺すことについて
7)携帯電話をキャットに渡す
という流れでしたが
映画では
1)ニールはどこ?
3)主人公の懺悔
5)セイターへの怒り
4)母親としての覚悟
6)人を殺すことについて
2)キャットの今後の予定確認
7)携帯電話をキャットに渡す
でした。
映画では(5)が先に来て、(2)が後に来ているのが特徴です。
現実的な会話の流れを想定すると、自然なのは脚本版だと思います。
キャットに言いにくいこと(3)がある主人公だったが、とりあえず無難で事務的な話題(2)から始める。しかしキャットも彼女の中で思い詰めていることがあり、主人公の話を遮ってキャットが言いたいこと(4〜6)を全部一気に話す。ずっと聞き役に回っていた主人公だったがキャットが一通り話し終えたと思ったら、最後に携帯電話を渡して終わり。
ね、自然でしょ?
しかし映画では、事務的な話題(2)は飛ばして、まず主人公が言いたいこと(3)をひろゆきレベルの爆速で言い切ります。するとキャットも(5→4→6)に順番を変えることで自分の怒りの感情をトップに持ってきます。こうして二人の気持ちが落ち着いてから、改めて主人公が事務的な連絡(2)をして、そして携帯電話を渡して終わります。
なぜ、このような変更をしたのか?
映画的なリズムを作るためだと思います。
TENETは長尺の動画で、この時点で2時間近くが経過しています。なので順序立てて説明するよりも、感情的に揺さぶりをかける会話にすることで、疲れた観客にハッパをかけているのでしょう。
顔を近づけるだけだった脚本から
映画では頬にキスするようにも変更してますね。
この(2)を会話の終盤に持ってきたのは映画的に巧みだと感じます。キャットがどんな感情なのか、どんな行動原理なのかを、まず観客に理解・共感してもらった上で、その後に「じゃあどうすれば良いのか」という手順を示すことで、観客が心の準備をしやすくなります。
要するに、脚本段階では二つに分断されていた事務的説明(キャットの予定;携帯電話)を後半に固めることで、前半の感情や動機の話(主人公の懺悔;キャットの覚悟)としっかり切り分けて、この後の映画の展開を観客に分かりやすく示しているのですね。
このシーンをよく見ると二人の顔のどちらかを映すのを交互に繰り返すだけなので、編集でいくらでも順番を入れ替えることができます。
この順序の入れ替えが撮影時点であったのか、編集時点で加えられたものなのか気になりますね。
了。