【TENET】オペラハウス襲撃シーンを読み解く【テネット】
この映画で、もしかしたら最も難解なパートだと思うのですが、日本語(と英語)では満足できる記事が見つからなかったので自分で書くことにしました。かなり詳しく書いたつもりなので、ぜひ吟味してくださいませ。
▼登場人物:
▼場所:
ウクライナのキエフにある国立オペラハウス
(ただし実際の撮影場所はエストニアのタリンにあるリーナホール)
▼映画の流れ整理:
まず全体の見通しをよくしておきましょう。
太字にした部分は重要かつ映画ではっきり説明されない不可解な行動です。以下ではこのポイントを中心に解説していきます。
▼解説:
●テロ集団がオペラハウスを襲撃する
演奏が始まる直前に銃声が起きて、ステージに武装集団が現れて占拠します。彼らの国籍や身分は映画では最後まで説明されません。
ただし映画内の情報と当時の国際情勢から判断して、テロ実行犯はセイターが雇ったロシア系の傭兵軍団だと考えられます。映画では明確に描かれませんが、まずはステージから場内を制圧して、おそらくその後でVIP席のウクライナ軍関係者と接触する計画だったと考えるのが自然でしょう。
令和4年2月にプーチンが軍事侵攻をかける8年前の平成26年に起きたウクライナ政変(マイダン革命で親露派の政権が倒される)をきっかけとしたクリミア危機(ウクライナ国内東部の親露派が自治権を求めて決起してロシアがこれを支援)が起きてから、ウクライナとロシアの間にはずっと緊張状態が続いていました。
この歴史的背景から、あのテロ集団はロシア系で、セイターは政治的目的のためにウクライナ軍関係者を狙うように命令したのだと思われます。(*映画『テネット』が公開されたのはウクライナ内紛の緊張が高まっていた2020年です。)
しかし、セイターの真の目的は別にありました。。。
●CIAの4名がKORDに紛れてオペラハウスに潜入する
テロが始まる前からCIAは待ち伏せしていました。そして通報を受けてオペラハウスに駆けつけたKORD(ウクライナ特殊警察;緊急作戦対応部隊)にまぎれる形で主人公たちも突入します。
つまりCIAはテロが起きることを事前に知っていたことになります。おそらくロシア系の傭兵組織の動きをCIAは常時観察(諜報活動)していて、今回のウクライナ軍関係者を標的としたテロを事前に察知したものと考えられます。
テロの標的であるウクライナ軍関係者とCIA諜報員Aが面会する予定と重なっていたので、テロが始まったら諜報員Aと彼が持参するプルトニウム241を速やかに回収するのが主人公チームに与えられた任務でした。
ウクライナには複数種類の警察部隊があるので、警察が到着して部隊名を確認してからKORDのワッペンを貼ります。
CIAにワッペンを渡した運転手はウクライナ語を話していました。何を隠そう平成26年のウクライナ政変でそれまでの親露派政権を打倒したのはアメリカ民主党の助けがあったからです。今回もロシアの怪しい動きを監視するという名目で、CIAとウクライナが水面化で協力していたのでしょう。
アメリカ政府としては、CIAとウクライナ政府が蜜月だとは表立って言えないので、主人公チームはウクライナ人が運転する自動車に隠れて待ち、ウクライナ警察が到着したら次はそちらに紛れて、アメリカ人救出ミッションに向かったということです。
●主人公が諜報員Aと合流する
主人公は速やかに諜報員Aとコンタクト成功します。
諜報員Aはせっかくここまでウクライナ政府と深いパイプを作れたのにと食い下がりますが、ロシア側に身元がバレた可能性があるので諜報員Aの潜入任務は作戦終了だと通告します。このあと諜報員Aはアメリカに帰国して何か別の任務に異動辞令が下ると思われます。
もし諜報員Aが異動命令に従わない場合は、強制的に潜入任務を終了するしかないので主人公は諜報員Aを殺す必要が生じます。厳しい世界ですね。
なお主人公は個室に入るときに門番のボディガードを射殺して、ウクライナ軍関係者をパンチで気絶させます。おそらくロシア側に情報を流したのがこのウクライナ軍関係者だと掴んでいたのでしょう。
そういえばテロ襲撃が始まった時にすぐ椅子から立ち上がった諜報員Aを制止したのもこのウクライナ軍関係者でした。彼が冷静だったのは自分が安全だとわかっていたからです。もしかしたらテロ集団がゆっくりVIP席に来て諜報員Aの身柄を引き渡す算段だったのかもしれません。というか、そう推理するのが一番妥当性があるように見えます。このウクライナ軍関係者はロシアに亡命希望だったなら、その手土産にCIA諜報員Aは良い手土産になります。
顔がバレている諜報員Aは客席に紛れ込ませておき、代わりにSWATマスクを被った主人公がプルトニウム241の回収に向かいます。
●KORDがオペラハウスに爆弾を設置する
オペラハウスの一般市民(ウクライナ人)を救出するために突入したはずのKORD(ウクライナ特殊警察)が、なぜか一般客席に爆弾を仕掛けます。
そして主人公が諜報員Aに話している瞬間にも、KORDがVIP席を目指して進んで来ていました。VIP席までの通路ではテロ集団と激しく銃撃戦をします。主人公と諜報員Aがロープを使って客席に降りたのと入れ違いでKORDが個室に入ってきたので、実はKORDにとっても諜報員Aは標的だったのが判ります。(暗殺か誘拐かまでは不明)
実はセイターはKORDも買収していたのです。
セイターの目的は3つありました。
・プルトニウム241(という名前のアルゴリズム部品)の回収
・諜報員A(アルゴリズムの運び手)の暗殺/誘拐
・オペラハウスでの大量殺戮(KORDが暗殺に関与したことの証拠隠滅)
これらの目的達成のためにセイターは
1)傭兵集団を雇いテロ襲撃(ブラフ)
2)KORDを買収してプルトニウム241回収と爆破
という二段構えで臨んでいたのです。
●主人公が替え玉作戦を提案する
主人公はKORDが爆弾を仕掛けている姿を目撃して、ウクライナ政府も信用できないと判断します。これがセイターの想定外でした。
こうしてセイターの目的は3つとも全て主人公によって阻止されるのでした。(主人公も気付かないうちに)
●謎の男が逆行銃弾で主人公を救う
主人公はCIAの任務ではなく、人道的な考えから独断で一般客席の爆弾を回収します。
主人公が客席に戻ると、銃撃戦は終わりテロリストは全員殺された後で、KORDも爆発に備えて退出した後なのか静かでした。しかし爆弾の回収に必死だった主人公は、まだ客席に居たKORDのメンバーに見つかりまたもや銃を突きつけられます。
しかし今度は謎の男が現れて、逆行銃弾でKORDを撃って主人公を救います。
この男のバックパックにぶら下がっていた赤い紐の飾りから、男の正体は過去に戻っていたニールだと判ります。未来の主人公が自身の護衛用にニールを派遣していたのです。
逃げ延びた主人公は集めた爆弾を、先ほどノックアウトしたウクライナ軍関係者が眠るVIP個室に投げ入れて、オペラハウスから脱出します。
なぜ一般客は殺したくないのに、VIP席は躊躇なく爆破できるのか。主人公から見れば、そのウクライナ軍関係者は諜報員Aをロシアに売った裏切り者だから死んで当然だからでしょう。
おそらく諜報員Aを救出した瞬間は気絶させておくだけでもどうせ後からウクライナ軍に処罰されると踏んでいたのでしょう。この軍関係者の行動はウクライナ政府への裏切り行為でもありますからね。そうしたら一般客席に爆弾が仕掛けられて、タイマーが解除できないのが分かったので、ちょうど良いやとVIP席に押し込むように方針変更したのでしょう。
●主人公と替え玉が運転手に拷問される
主人公と替え玉は無事に車に帰ってきますが、運転手にあっさりバレて拷問に掛けられます。
先ほどの主人公の悪い予感(味方のウクライナ人も信用できない)が的中しましたね。しかしCIAでウクライナの特殊任務に就くような人達ならば自分の命よりも国家の機密情報を優先します。それだけ高い給料を貰っているのでね。主人公と替え玉は最初からこのくらいのことは覚悟して車に戻ったはずです。彼らが時間を稼げば、別行動している諜報員Aとプトニウム241が無事に目的地に届けやすくなります。
ウクライナ人は主人公と替え玉を線路に連れてきて何時間も拷問を続けますが、最後まで口を割らなかった主人公はCIAに渡されていた自殺用カプセルを飲みます。
しかし、これはCIAが仕掛けたテストでした。
この会話から、セイターに操られていたKORDのウクライナ人と異なり、主人公を拷問したウクライナ人の運転手はCIAの命令でわざと主人公の敵のふりをしていたことが判ります。
あのウクライナ人2名はCIAの手先です。強い鎮静剤を飲めば意識は失うでしょうが、もしウクライナ人の運転手二人組が本当にCIAの敵だったなら銃で頭を撃ち抜くなどして確実に殺していたはずです。
それと拷問される主人公に自殺カプセルを渡したアジア系の男もまたTENET側の人間だと私は推理します。まずあの体制で手にカプセルを持っていたのが不自然です。それまでどこに隠していたのでしょうか。なぜウクライナ人はこの男からはカプセルを没収しなかったのでしょうか。実は主人公が車で殴られて気絶した後に最初に線路の上で目を覚ました時は主人公はこの男が拷問される様子を見ていません。
そもそも、どう見ても白人のゲルマン系の顔立ちの諜報員Aと、アジア系のCIA隊員を替え玉にするという発想もおかしいです。身長差もあります。チームにはもう少し顔が似ているメンバーが居たのに不自然だと思います。だからアジア系のCIA隊員もTENETの一員だと考えられます。
ところで、もし主人公があまり優秀ではなくて、そもそもオペラハウスの中で替え玉してプルトニウム241を裏の下水道から逃さなかった場合(素直に両方とも自動車に持ち帰った場合)はどうなっていたのでしょうか。おそらくTENETに配属されるには危機管理能力が低いと見做されて、拷問テストが始まらなかったでしょうね。
そんなこんなで騙されているとも知らずに決死の努力で秘密を守り切った主人公でしたが、別行動していた諜報員Aは残念ながらウクライナから脱出できなかったと伝えられます。
なおこの時点でCIAは詳しく教えてくれませんでしたが、実はプルトニウム241は無事にウクライナの手に渡っていたことが、後でプリヤとの会話で判明します。諜報員Aがロシアの民兵に捕まる前に、ウクライナ政府の然るべき立場の人に接触できていたようです。
こういうのを聞いても「あの時にチームは捕まる前にウクライナ政府に届けていたのか」と主人公がセリフで言わないあたりが、ノーラン監督は不親切だなあと思います。(笑)
すごくどうでも良いですが、映画『テネット』でキエフのオペラハウスとして出てくる建物は、実際にはエストニアのタリンにあるので、非常にややこしいと感じます。(笑)
ちなみにウィキペディアの日本語ページが致命的に間違っていたので補足しておきます。ここまで説明してきた通りで、主人公が最初に乗っていた自動車の運転手とその直後に主人公を拷問に掛ける二人組は同一人物で、ウクライナ人です。ウィキペディアには「直後ロシア人たちに捕らえられてしまう。主人公はロシア人から拷問を受け自決用の毒薬を飲む」と書いてありますが、これはどちらもウクライナ人の間違いです。
▼まとめ:
さて。そういうことで、映画『テネット』の最初のオペラハウス襲撃を詳しく解説してきました。
本件は、もともと政治的緊張が何年も続いていたロシアとウクライナの立場を利用して、傭兵部隊から警察組織まで裏から操作してプルトニウム241を狙うセイターと、ウクライナと政治的にズブズブで自国の諜報員を守りたいアメリカ政府と、アメリカ政府でも一部の人間しか存在を知らないプルトニウム241を監視保護する組織TENETの、主に3つの勢力が相互関係して起きている事象でした。
特にロシアとウクライナの背景事情は、令和4年にプーチンが表立った武力制圧に出た後だからこそ認知度が上がって判りやすくなりました。皮肉なものですね。
最後に結果だけ、箇条書きでまとめておきます。
(了)