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【オッペンハイマー】ネタバレ感想【あらすじ】

このnoteはクリストファーノーラン監督作品『オッペンハイマー』のネタバレありの感想になります。

本作は一応「伝記作品」という体裁を取っていますが、そこはノーラン監督なので時系列を複雑にすることに始まり、いくつか映画ならではの創意工夫を加えていてそれが面白い作品です。

なので、映画を観る前にこの感想を読むことはお勧めしません。

以降はネタバレありで語ります。

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#ネタバレ

▼概論:

素晴らしい映画でした。「今世紀最高の映画の一つ」という宣伝文句は妥当です。少なくとも「2023年の最高傑作」なのは確定です。

伝記物語の体裁を取っていますが、映画の根幹としては、

オッペンハイマー(ノーラン) = 風立ちぬ(宮崎駿)+羅生門(黒澤明)

ですね。

※注意)続く文章で『風立ちぬ』と『羅生門』の内容にネタバレ言及します。超有名な旧作ではありますが、この2作品の内容を詳しく知りたくない方は次の章(あらすじ)までスキップしてください。

主人公オッペンハイマーは核技術が人類を戦争と破滅に導くことに自覚的でありながら、科学的な真理に近づくことに魅せられて、それを研究開発することを止めません。戦争に使われて人を殺すのがわかっているのに飛行機の開発を止められなかった宮崎駿監督の『風立ちぬ』の主人公と同じです。

そして本作が映画として面白いのは、主人公だけではなくて、その対極となる人物としてストローズの視点も加えていることでしょう。ある些細な行き違いを発端に関係が崩壊する二人の男を、カラーとモノクロを使い分けることで、明示的に別視点であることを示すのは黒澤明監督の『羅生門』の延長線上であり、それを時制操作して同時進行で語るのはノーラン風味のアレンジだと言えます。

オッペンハイマー視点のカラー部分をFISSION(核分裂)、ストローズ視点のモノクロ部分をFUSION(核融合)とタイトルをつけているのもオシャレで格好良いですね。深い意味がありそうで、実は無さそうで、でも一周回ってやっぱりありそうな雰囲気がいかにもノーラン的です。(笑)

▼あらすじ(ネタバレ):

FISSION《核分裂》:1954年。アメリカで国家反逆の疑いを掛けられたオッペンハイマー(演キリアン・マーフィー)は狭い密室の聴聞会で、自身の過去の発言や行動を時代に沿って思い出しながら証言していく。

FUSION《核融合》:1959年。米国商務長官の任命に際する公聴会でストローズ(演ロバート・ダウニーJr)は当時のAEC(米国原子力委員会)長官としてオッペンハイマーとどう関与していたかをヒアリングされている。オッペンハイマーが公職追放されたのは5年前なのに今更何を聞くのかとストローズは不快感を隠さない。

※補足)このノートではオッペンハイマー部分を地の文、ストローズ部分を引用形式で記載します。

以下、現在(1954年/1959年)と、過去の回想が入り乱れる。

1920年代。学生時代から理屈ではなくて感覚で量子世界の真理が見えていた若き天才科学者オッペンハイマーは、ヨーロッパで大学を渡り歩きボーア(演ケネス・ブラナー)やハイゼンベルク(演マティアス・シュヴァイクホファー)など当時の最高の物理学者たちから学び、互いに影響しあって量子力学研究の第一人者になっていく。またこの時期に、同じ米国人物理学者として生涯にわたって支えてくれる友人イジドール・ラービ(演デヴィッド・クラムホルツ)とも出会う。

1947年。ストローズは原子爆弾開発に成功し戦争を勝利に導いた英雄オッペンハイマーをAECの顧問に任命する。任命に際してオッペンハイマーは自身にかけられた「嫌疑」について言及したが、ストローズはオッペンハイマーの実力を高く評価して構わず任命した。

しかし、それよりもストローズが気にしていたのは、オッペンハイマーと初対面の日に、自身が急にアインシュタインから邪険に扱われたことだった。彼がアインシュタインを迎えにいく直前にオッペンハイマーがアインシュタインに何を言ったのかが気がかりだった。

1930年代。アメリカの大学でオッペンハイマーは量子物理学の講義を始めて徐々に人望を集めていく。ドイツの科学者がウラニウムの核分裂に成功し、1939年にヒトラーがポーランド侵攻を開始したことで、核爆弾の開発を急ぐ必要があるとユダヤ人のオッペンハイマーは強く感じていた。

一方で弟が共産党員になったことで、オッペンハイマーの交友関係はきな臭くなり始める。シェバリエのような共産党員との関わりや、学生時代の恋人のジーン・タトロック(演フローレンス・ピュー)、さらに妻のキティ(演エミリー・ブラント)も共産党員だったことでオッペンハイマーは国から安全保障上の嫌疑もかけられるようになっていった。

再び1959年。公聴会でストローズは1947年にオッペンハイマーを共産党関与の嫌疑がありながらAEC顧問(プリンストン研究所所長)に任命したのはシンプルに当時世界で最も重要な物理学者だったからであると説明する。

休憩中にストローズは控え室で上院補佐官にオッペンハイマーの嫌疑が深刻化したのは、マッカーシー上院議員が強行した赤狩りにボーデン(演デヴィッド・ダストマルチャン)が便乗して1954年にFBIに密告したからだと話す。

しかし誰がボーデンに極秘情報を渡したのか?ストローズは知らないがオッペンハイマーの人格には問題があったので誰から恨まれていてもおかしくないと、1948年に自身がアイソトープのノルウェー輸出の是非を巡って公聴会が開かれた時にオッペンハイマーに公共の笑い物にされたことを回想する。

キティは複数回の離婚癖のある妻らしく育児に不向きだった。ここでもシェバリエ夫妻に子守を頼むなどオッペンハイマーは周囲の人間に迷惑をかけ続けるが、天才だからこそ迷惑をかけてでも使命を果たせと応援される。

1942年。グローヴス大佐(演マット・デイモン)に原爆開発の国家プロジェクト『マンハッタン計画』のリーダーに任命される。オッペンハイマーは幼少期から慣れ親しんだ砂漠ロス・アラモスに研究のために街を作り、グローヴスと一緒にアメリカ中から最高の研究者を集めていく。複数の研究者から核の軍事利用を懸念する声も上がったが、そこはナチスが先に開発するよりはマシだの一言で説得する。

1943年。エドワード・テラー(演ベニー・サフディ)が核の連鎖反応の理論を発見する。これが起きればたった一回の核爆発で大気中の原子に連鎖反応が起きて、世界が文字通り核の炎に包まれる。(*なおテラーは後に「水爆の父」と呼ばれる天才科学者である)

オッペンハイマーはロス・アラモスとは別行動でアインシュタインにも査読を依頼するが、断られる。ただしアインシュタインは一つだけ助言した。もしテラーの連鎖反応理論が正しかったら直ちに研究を中断してナチスにも情報共有しろ、そうすることで人類滅亡は防げると。

果たして、ロス・アラモス内の査読により連鎖反応が起きる確率は「ニアゼロ」だと判明し、一抹の不安が残るものの研究は続けられることになった。

引っ越しの前日にオッペンハイマーはシャバリエからアメリカ政府が同盟国であるロシアに十分な情報提供をしないことを共産党員の優秀な科学者エルテントンが嘆いていることと、彼を通せばロシアに情報提供できることを持ちかけられる。オッペンハイマーはそれを国家反逆罪にあたると断るが、それらを警察や政府に報告することはなかった。

再び1959年。公開審問で科学者の意見を聞くという方針にストローズは不満を露わにする。休憩中に上院補佐官は形式だけだと宥めるが、ストローズの科学者に対する不信感は強い。特にロス・アラモス派の親オッペンハイマーの連中からは不利な証言をされるのではないかと懸念する。ストローズはシカゴ派の科学者を希望する。

オッペンハイマー家族のロス・アラモスでの生活が始まる。それまでの化学爆発から物理爆発で1,000倍ほど威力がアップするのでキロトンという特異な単位呼称もこのとき考案される。大きなプルトニウム爆弾(ファットマン)と、小さなウラニウム爆弾(リトルボーイ)を作る方針に決まる。

テラーは原爆よりも強力な水爆の開発を提案するが、オッペンハイマーは現実的ではないと却下する。

1949年。ロシアが原爆実験に成功する。これを受けてストローズは大統領への水爆開発の進捗報告が必要だと主張する。またロス・アラモスの内部にロシアのスパイが居たのではないかと疑う。

ロス・アラモスでは規模がどんどん大きくなり携わる研究者も増える。人員を制限しているために研究者の妻も事務員として雇用されたり、部門横断会議が開催されるようになり、情報統制がもはや機能せず個々の信用だけに頼る状態となる。そしてオッペンハイマーの身辺調査の結論は依然として出ないままである。

ストローズがロス・アラモスと敵対していると思い込んでいるシカゴ派のフェルミとシラードとも当時オッペンハイマーは極秘に研究を共有していた。シカゴの研究施設でオッペンハイマーは世界初の原子炉を見学する。守秘義務に背いた行動をグローヴス大佐から責められることもあったが、オッペンハイマーは自身に共産党員の疑いがあることでコントロールしやすくする狙いがあるのかと論点を変えて詰め寄り、グローヴスを黙らせるなどしていた。

ロス・アラモスでの身辺調査は混迷を極め、グローヴスの部下で駐在していたニコルズ中佐(演デイン・デハーン)は苛立っていた。オッペンハイマーの身元調査はようやく通過したが、一方で共産党団体の運動を続けていたロマンティスが立件されてロス・アラモスから退去を命じられるといった事例もあった。グローヴスはというと、表向きには厳しい態度を取り続けたが、実態では研究者の規則違反を黙認している状態だった。それほど原爆開発は急ぐべき課題だった。

この時期にオッペンハイマーはジーン・タトロックとも面会していた。聴聞会で理由を聞かれて、彼女がまだ自分のことを愛していたからと答える。キティはオッペンハイマーと裸で抱き合うジーンの妄想を見て、聴聞会で私生活を洗いざらい暴かれるのはもう限界だと感じ始める。

オッペンハイマーはニコルズに解雇されたロマンティスと面会するためにバークレイ大学に来たが、待っていたのはパッシュ大佐(演ケイシー・アフレック)だった。パッシュはFBIに監視されるほど強固な反ロシア派で共産党員を捜査していた。オッペンハイマーはパッシュと会話しながらこれが任意の取調べだと気づきシェバリエの名前を明かさず退席したが、この出来事をグローヴスに相談した結果、グローヴスはオッペンハイマーを守るために自分に名前を教えろと凄むがオッペンハイマーが頑なに拒否したので、パッシュをドイツでの作戦に異動させた。

ボーア博士がロス・アラモスを訪問する。ボーアは核兵器を持つことに人類はまだ準備できてないと警告する。

サンフランシスコではジーンが浴槽で不審死する。自分が別れを宣言したからなのか、それとも赤狩りの標的とされて他殺されたのか。訃報を受けてひどく狼狽するオッペンハイマーだったが、ここでも支えてくれたのは妻のキティだった。

テラーが水爆にこだわるあまりチームと不和になるが、オッペンハイマーはテラーを原爆開発チームから外してロス・アラモスで独自路線で自由に研究させることに決める。

飛んで1949年、ロシアの原爆実験を知って水爆開発を進めようとするAECに対して、オッペンハイマーは水爆技術は現時点で実践的ではないことと、これを開発したらロシアとの開発競争になるので、今こそルーズベルト前大統領の構想通りに世界で協力して核技術を共有管理するべきだと主張する。しかし現大統領トルーマンの意向とは異なるとストローズに強く反発される。

オッペンハイマーはラービからストローズには敵対するなと忠告される。また、この時にAECに加入したボーデンと初対面する。元軍人で戦闘機のコクピットからミサイルを目撃したことがあるというボーデンの話から、オッペンハイマーは核弾頭が搭載される未来を想像する。

再び1959年。公聴会でも「なぜボーデンがオッペンハイマーの身辺調査に関するFBI資料にアクセスできたのか」を聞かれるがストローズは知らないと答える。

1945年。ドイツが降伏したことでロス・アラモスの科学者の間で燻っていた原爆開発に対する疑問の声がついに抑えきれなくなる。開発反対派が勝手に開いた集会を嗅ぎつけたオッペンハイマーは、まだ日本が残っていることと、自分達はあくまで研究者であり核の恐ろしさを見せつけることで政府に軍事利用を思いとどまらせて、ルーズベルト前大統領の核技術共有構想の実現に繋げることが狙いだと科学者達を説得する。

トリニティ実験をポツダム宣言の前の7月に設定する。迅速に準備するためにオッペンハイマーは土地勘のある弟フランク(既に共産党員を辞めていた)に仕事をさせる。

シカゴ派のシラードが企画するトルーマン大統領に宛てた原爆利用停止を求める署名への参加を極秘に促すが、オッペンハイマーはこれを退ける。

原爆投下の決定会議で核兵器の恐ろしさを伝えるも、戦争を早く終わらせるという大義名分で原爆投下が決定する。

急ピッチの突貫工事や悪天候で不安は残りつつも、大統領報告期限日の午前5時30分に強行してトリニティ実験は成功する。チームは全員徹夜続きで疲労困憊で、理論上ニアゼロとはいえ連鎖反応による大気炎上が起きる可能性もあり、滅茶苦茶であった。

原子爆弾を米軍に移管し、グローヴス将軍もあっさりロス・アラモスを去る。戦地に搬送される二つの原子爆弾を見送りながら、原爆戦争の時代の始まりだと憂うオッペンハイマーだったが、傍らに立っていたテラーが「俺が水爆を作るまではな」と冗談なのか本気なのか判らないことを言う。

広島と長崎で原爆が投下されたことをラジオで聴くオッペンハイマー。第二次世界大戦は日本の無条件降伏で終了。オッペンハイマーはこの日を境に原爆で焼け死ぬ人々の幻覚に悩まされるようになる。しかし戦争の英雄になってしまった彼の本心を大衆は理解しなかった。

1945年10月。功績が認められてトルーマン大統領(演シークレットゲスト!)と面会したオッペンハイマーは弱気な発言を繰り返し、ロス・アラモスを閉鎖して土地を原住民に返却しますとまで言い放ち大統領の不評を買ってしまう。更にダメ押しで「手に血がついた気持ちです」と心境を吐露するも、大統領から「被曝者は開発者のことなど考えもしない、恨まれるのは落とすと決めた私だ」と啖呵を切られて、そのまま面会はバッサリ中断されるのだった。

再び1959年。ストローズが回想する。戦後、オッペンハイマーは立場を利用して政府を誘導しようとした。弟やロマンティスやシェバリエが赤狩りにあって苦渋を舐めていても彼の信念は変わらなかった。水爆実験を進めたトルーマンには嫌われたし、フークスがロシアのスパイだったと判明してからはFBIの監視も強まったがそれでも懲りず、大統領がアイゼンハウアーに代わると再び積極的に活動した。それでボーデンが身辺調査の再実行をFBIに上申したのだと。

1945年11月。ロス・アラモス所長の退任式典で「この施設は呪われるだろう」とスピーチしてしまうオッペンハイマーが居た。

再び1959年。ストローズの写真が表紙のタイム誌を買ってきた上院補佐官がオッペンハイマーを批判する記事を見つける。記者と交友があるストローズによる世論操作だと見抜いた上院補佐官が詰め寄るとストローズが1954年の種明かしをする。

1954年。ボーデンに情報提供したのは他ならぬストローズだった。正式な裁判ではなくて身辺調査の手続きにすることで密室にする。法的に認められる証拠も必要ない。ボーデンがFBIに密告して、FBIのフーバーからの依頼をニコルズが対応して聴聞会の設置を決める。審査員も検察官もストローズが指名する。そしてオッペンハイマーの弁護士には十分な資料を渡さない。

この聴聞会の目的はオッペンハイマーの共産党関与を証明することではない。ただ彼に掛かる嫌疑だけを残して、二度と政治に口出しできぬようにすることだった。

再び1959年。話を聞いた上院補佐官は怒りを露わにするが、ストローズはこれがワシントンの流儀だと言いくるめる。

1954年。キティはストローズにハメられたのだと最初から確信していた。アイソトープの輸出をめぐる公聴会でストローズを馬鹿にしたことを根に持っているに違いない。

オッペンハイマーはやり手のギャリソン弁護士を雇うも苦戦する。旧知のローレンスはストローズにオッペンハイマーとトルマン夫人の不倫関係がトルマンを死に追いやったと吹き込まれたからなのか協力してくれない。

聴聞会にて、ラービがオッペンハイマーの功績で原爆も水爆も完成したのだと成果を強調する。

再び1959年。公聴会にて、ストローズが招集したテラーがストローズを絶賛する。

聴聞会にて、ボーデンのフーバーへの報告書が読み上げられる。FBIの極秘資料に基づくロシアのスパイ容疑にオッペンハイマーと弁護士は打ちのめされる。

1959年の公聴会にて、シカゴ派の科学者デヴィッド・ヒル(演ラミ・マレック)が、ストローズは商務長官に相応しくないと証言する。理由はアイソトープ輸出時の公聴会でオッペンハイマーに馬鹿にされたことをストローズはずっと根に持って、1954年にオッペンハイマーの社会的地位を破壊したと多くの科学者が考えているからであると。それからもストローズの言動は政治的なアクションに満ちていたと。公聴会は騒然となる。

聴聞会にて、テラーがオッペンハイマーは忠誠心がある男だと証言する。しかし一方で行動や発言には理解できない部分もあったとも証言する。去り際に謝罪しながら握手を求めるテラーにあっさり握手してしまうオッペンハイマーにキティは紳士すぎると呆れる。

聴聞会にて、グローヴスは自身の信念に従い誰も簡単には信じないからオッペンハイマーも信用してないと言い切る。しかし彼がロシアのスパイだったフークスの雇用には一切関わっておらず、不信があるわけでもないと断言する。

1959年の公聴会にて、続けてヒルはオッペンハイマーの聴聞会の検察官ロブを指名したのはストローズだったと暴露する。またもや騒然となる会場。

聴聞会にて、検察官ロブがキティに厳しく詰め寄り、彼女がいまだに共産党と金銭的につながりがあることを指摘する。

かつて祖国を捨てたアインシュタインはオッペンハイマーにこんな国のためにどうしてそこまでするのかと問う。オッペンハイマーはアメリカを愛しているからだと答える。

聴聞会にて、オッペンハイマーが原爆は役に立ったことを認める。彼はあくまで政府から命令された仕事をしただけで、原爆を落とす意思決定をしたわけ訳ではないとも。そして1949年に水爆開発に反対したのは、米国が水爆を開発すればロシアも開発するしかなくなるから、まさに原爆がそうだったようにと。

しかしこれは裏を返せば1945年当時は原爆開発に良心の呵責はなかったと取れる証言だ。ではオッペンハイマーが明確に水爆開発反対の道徳的信念を持ったのはいつだったか、それは「人類は武器があると知れば全て使うと確信した時」だったと。

1959年、控え室でストローズが激昂している。ヒルはストローズが聴聞会を操作しことも、ボーデンに極秘資料を渡したことも証明できない。しかしこれは法廷ではないので証明する必要がない。

なんと皮肉なことか。因果応報。かつてストローズ自身がオッペンハイマーに仕掛けたように、証明はせずに、ただ否定だけしているのだ。この証言でヒルには何の利益も生まれない。ただ正義だけで行動しているのだろう。ストローズはまたしても科学者の信念に立身出世を邪魔された形だ。

オッペンハイマーが被害者ヅラして原爆開発の殉教者になることで保身に走ったから、俺が失脚させてやったのに!ヤツは私に感謝するべきだ!控室で取り乱すストローズに「流石にそれはないだろ」と上院補佐官は呆れる。

聴聞会の証言全体を通して、オッペンハイマーが米国に忠誠のある市民であることは認められた(=オッペンハイマーがロシアのスパイであるという立証はできなかった)。しかしながら共産党員との関わりが無いことは証明できなかった(=ロシアのスパイではないという立証もできなかった)ので、事実上の公職追放の処分がされた。傷心のオッペンハイマーはキティにトリニティ実験の暗号で報告するのだった。「シーツを家に入れるな」と。

1959年、ストローズの昇進は却下。反対の署名をした人物の中にはJFKも。

帰宅するとキティが泣いていた。世界はあなたを許すかしら。オッペンハイマーは静かに答えるのだった。今にわかるさ。

1959年、控え室でストローズは今回もオッペンハイマーにやられたと悔しがる。アイソトープの時もそうだったが、ロス・アラモスに限らずシカゴの科学者も彼に操作されていたとは。1947年にアインシュタインに自分を無視するように伝えた時と一緒だと。それに上院補佐官は呆れて答える。そんなことじゃなくて、もっと大事なことを話していたんじゃないですか?

1947年。オッペンハイマーがストローズと初対面した日。庭の池で遊ぶアインシュタインに近づくオッペンハイマー。アインシュタインは旧友を笑顔で歓迎する。しかし続けて、オッペンハイマーが原爆という大量殺戮兵器を作ったコンセクエンス(決着)を取るべきだと凄む。いつか人々はオッペンハイマーを十分に罰したと思ったら、もう許した証として何かメダルか勲章などを与えるだろう。でも注意するべきだ。その栄誉はオッペンハイマーの為ではない。自分たちが許したとオッペンハイマーに認めさせるための物なのだ。

それだけ言って去ろうとしたアインシュタインを引き止めてオッペンハイマーが話しかける。いつか地球を燃やし尽くす核爆発の連鎖反応の話をしたでしょう、あれですけどね、成功したと思います。

ドン引きするアインシュタイン。言葉を失い、意識も朦朧として歩いて行く。だからストローズが話しかけても無視してしまったのだ。(それを猜疑心からストローズが勝手に誤解していただけで)

降り始めた雨で波紋が広がる池を見つめながら、オッペンハイマーのビジョンには何十本、何百本という核ミサイルが見えている。それらが一斉に発射されて、次々と着弾し地球を無数の炎が包み込んでいく。そう地球規模で見れば、たった一つの核爆弾が連鎖反応を起こして世界を焼き尽くしてしまうというのは正しかったのだ。水面に広がる波紋にオッペンハイマーは核弾頭の爆発を見ている。

FIN

▼感想:

いやー、最高です。本当に最高です!

映画の物語、撮影技術、俳優の演技、音楽、VFX、歴史的な意義。全てが揃った稀有な映画です。まだ2023年にして「今世紀最高の映画の一つ」と評されるのは十分納得できる内容です。

神から炎を盗んだ男の栄光と苦悩。それを利用しようと近づく人々の信念と悪意。核兵器の真の恐怖。ノーラン監督の到達点は極上の映像体験で綴る反戦映画でした。

ラストカットは、観る人の解釈に任せる感じでしたね。

前半の2時間はトリニティ実験までのビルドアップという感じで、サクセスストーリー的な伝記物としての面白さがあるのですが、後半の1時間は時間軸が交差しながらの法廷サスペンスの会話劇でものすごくスリリングでした。

いわゆるトリニティ実験の映像化がもっとも宣伝されたポイントではありましたが、本作の真価はその先に容赦なく明白に描かれる原子爆弾の本当の恐怖と、苦悩するオッペンハイマーの心理でしょう。(私はオーストラリアの映画館で観覧したことで、周囲の白人観客が意気消沈していく雰囲気を感じられたのも興味深い体験になりました)

「すげえ爆発が見られるぜヒーハー!」くらいに思ってメルボルンの巨大スクリーンに来た世界中の観客が、映画を見終わる頃には「原子爆弾と放射能被曝って本当に怖いんだねー」と日本の義務教育に含まれる内容を学習して帰って行く。私は「アイアムジャパニーズ」と周囲にドヤりたくなりました。笑

▼俳優:

サイエンスの天才すぎてちょっと天然なところのあるオッペンハイマーと、凡人の中では仕事ができるので名誉への欲求でモンスターになったストローズの、それぞれの解釈と思惑が交錯するストーリーテリングは凄まじいものがありました。

キリアン・マーフィーはラストの何を考えているのは判らない表情が最高でした。もう『風立ちぬ』のラストと完全に一致ですね。あ、あちらは奥さんが現実世界に引き戻してくれてましたか。しかし、こちらは何も止めるものがないですね。いや、時系列をいじってるだけで実際にはこちらも奥さんのキティが現実世界に引き戻してくれている感じか。

アイアンマンで破壊者でありながらヒーローという複雑な役を演じたロバート・ダウニーJrのパブリックイメージも相まって、ストローズの演技は見ていてかなり面白いです。小ネタですが彼が何度も「ロバートは」とセリフで言うのもちょっと笑えました。

マット・デイモンが演じるグローヴス大佐が、建前上は厳しい情報統制を命じておきながら、実際の現場では目を瞑るのもまた人間臭くてリアルな描写でした。本当に結果を出している企業は多かれ少なかれそういう部分がありますからね。最近は世間がコンプラに厳しくなったのでここまで大胆な事例は減っているとは思いますが。

グローヴス大佐については、1989年のシャドー・メーカーズ(原題:Fat Man and Little Boy)を視聴済みだったので、視点による人物像の描かれ方の違いも面白かったです。反対側の景色を補完する映画として非常に優れていると思います。

フローレンス・ピューの体当たりの演技も凄かったです。日本で劇場公開するときにはモザイク(ボカシ)が掛かる可能性が非常に高いので(シェイプオブウォーターやバビロンがそうだったので)、海外の映画館で観た方が良いと思います。(笑)

そして、それらを全部ひっくるめてオッペンハイマーを愛して支える妻キティを演じたエミリー・ブラントも素晴らしかったです。主役級の5人はいずれもアカデミー賞を狙えるんじゃないでしょうか。去年のエブエブがノミネートしておいてオッペンハイマーがゼロというのは納得できない好演技でした。

▼映像:

映像の素晴らしさはこちらに書きましたので譲ります。

いやーしかし70mm IMAXで観に行って本当に良かったです。後にも先にもここまで海外で観るバリューが高い映画は無いと思うので。

私が体験した極上のIMAX70mm上映はどんどん減っている状況ですが、本作はアカデミー賞にも絡んでくるでしょうから、年始にはリバイバル上映が期待できると思います。興味を持った方は海外旅行も兼ねて検討されてみてはいかがでしょうか?

世界興行収入も10億ドルまであと5,000万ドルという所まで迫っているので、配給のユニバーサルとしてはぜひ箔をつけたいと考えているでしょう。残り2,000万ドルくらいまで行ったら日本でも30億円くらいなら期待できるので公開決定するかもしれませんね。

(了)

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まいるず
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