テネットでずっと誤解していた件(アルゴリズムはなぜ起動しなかったのか)【TENET】
結論から言うと、私は主人公(名もなき男)の誤解に引っ張られていました。
なぜ、私はそれを「間違った情報」だと見抜けなかったのか。
字幕だけでなく原語セリフも読み込んで、解析していきます。
この記事は映画TENETテネットの結末をネタバレしています。
閲覧にはご注意ください。
▼なぜ起動しなかったのか:
映画TENETを観ていて気になっていることがありました。
物語のクライマックスで
主人公チームがアルゴリズムを回収する前に
キャットがセイターを殺してしまったことです。
あれ?
「セイターが死んだらアルゴリズムが起動して世界は終わる」
「セイターのスマートウォッチがスイッチになってる」
「俺たちがアルゴリズムを奪取するまでセイターを死なせるな」
って主人公が言ってたじゃん。
なぜキャットはそれを破った?
しかも、、、アルゴリズムが起動してない?
よく聞く意見とか、最初に思いつくアイデアとしては「セイターがまだ生きていた(心臓は止まってなかった)から」というものですが、さすがに至近距離から急所を撃たれて、40フィートの高さから海面に落とされたら、すぐに心臓は止まってしまうでしょう。
撃たれてから数十秒程度ならまだ分かるのですが。
実際にベトナムでボートを監視していたマヒアが海面に落下するセイターを見て、無線でアイヴスに「彼女がセイターを殺したぞ」と報告した時に、主人公が見上げた先の時限爆弾のタイマーは残り10秒でした。ベトナムからシベリアなので通信ラグも考慮すると、撃たれてから30秒くらい経っていたかもしれません。
しかし、そのあと彼らは爆発とほぼ同時に地下のハイポセンター(爆心地)から脱出して、しばらく会話してからアルゴリズムを分解しました。ここに来るまで、おそらく数分が経過していたと思われます。それまでセイターの心臓が動き続けていたとは考えられません。
なぜ、そんなにのんびりしていられるの?
私だったら一刻も早くアルゴリズムを分解して無効化を図るところですが?
強く疑問を持ちました。
▼これまで疑問を放置した理由:
しかし私はとりあえずこの疑問を放置しました。
理由の一つは、このTENETという映画には、他にも色々考察したいポイントが山ほどあったことです。カーチェイス、空港、廃墟の街。どうやって撮影したのか強く興味をそそられる順行逆行の入り乱れる描写は、それを解析するだけで骨が折れるし楽しい作業でした。
もう一つ理由があります。それは、そもそもTENETにはいろいろ矛盾点が多いことです。スタルスク12だけでも、あの10分間の戦闘でセイターの傭兵部隊は全滅したのか、逆行チームに破壊されたビルはいつから壊れていたのか、塞がったトンネル入口を逆行ニールはどうやって通過したのか、などなど疑問点が山積みで、これらに対して熱心なファンによる仮説や考察が、まるでスターウォーズの12パーセク問題のように飛び交っている状況です。
ノーラン監督自身も「この映画は科学的に正しくないことを含む」とインタビューで語ったり、さらには劇中でバーバラに「理解しようとするな、感じろ」とメタ的なセリフを言わせたり、同じく劇中でニールが「こんな話してても頭が痛いだろ、寝ろよ」と煙に巻こうとしてきたりします。(笑)
であれば、TENETとは、その場限りのシチュエーションやリアクションを楽しむための映画なのかな…とも思うわけです。
それで
他に観たい映画もあるし、
時間には限りがあるし、
私は放置して次に行くことにしました。
ただ、さすがにこのアルゴリズムの起動ルールに関しては。
ノーラン監督が自分で考え出したものですから。
映画のマクガフィンでもあるわけだし、ちゃんと考えてあるはずだよね。
…と最近、見返して思い直したのです。
▼先行研究の紹介:
で、とりあえずググったらアッサリ答えが見つかりました。(笑)
公開から少しだけ日が経った2020年10月に、danと名乗る方がnoteに考察を残されていました。抜粋して引用させていただきます。
なるほど、セイターの死亡はあくまで【アルゴリズムの位置情報を送る】ことだけであって、アルゴリズムを【起動】するのは未来人であると。
dan氏は「起動」と表現されていますが、最後に未来人が取る行動は、正確には【回収】と表記する方が適切かもしれません。
なぜなら、あのアルゴリズムを掘り出して、適切な場所に移動してからアルゴリズムの機能(世界の逆行;過去への攻撃)を実行(起動)すると思われるからです。
この場合、アルゴリズムはそれ自体(あの9つの部品を組み上げた物)が起動するというよりは、何か別の機械に組み込まれて使用される形を取るのでしょう。
起動と回収のワードチョイスの詰めはやや甘かったかもしれませんが、それでもdan氏の考察は非常に鋭いです。
ちょうど主人公がキャットに持たせた携帯電話と同じ理屈ですね。キャットが電話をかけると位置と時刻だけ情報が残って、そこを目標にして未来から主人公が現れて危険に対処(プリヤを殺害)します。
この説に従えば、セイターが絶命した何時何分何秒きっかりにアルゴリズムが起動しなくても良い、という理屈になります。
非常に華麗な考察ですね。何よりも「記録だけ残して別人が対処する」という姿勢が、まさに映画『テネット』の仕掛けに則していて美しいです。dan氏の投稿日が公開直後であることを考慮すると、その早さも含めて素晴らしいです。
…で、そこから。
なぜ、私はこんな簡単な勘違いをしていたのか?
という疑問を探っていきます。(ここからが本題です)
▼セリフをちゃんと読んでみる:
dan氏はニールのセリフを根拠にしていました。
そこで私も該当部分のセリフをちゃんと読んでみました。
確かに死亡スイッチの動きの説明も含まれていましたし、
私が勘違いした原因も見つけることが出来ました。
●それは「デッドドロップ」と呼ばれていた↓
まずはニールの「正しい情報」から。
脚本からの転載です。
日本語は私による翻訳です。
未来から来たニールは全て知っているので、全て正しい情報です。
最後の「set to a fire」もちょっと誤解しやすいですね。fireだけだと「点火する」という意味にも取れるので、しかし、ここでは「メールを送信する」という意味で使われています。
ニールが言う「デッドドロップ」とはスパイが情報を交換する手法の一つで、互いに顔を合わせずに情報を受け渡す方法のことです。何らかのカプセルに隠して放置するのが一般的で、今は使われていない郵便受けを使う事が多い事から、デッド・レター・ボックスとも呼ばれます。逆に直接会って渡す方法はライブドロップと言われます。
つまり、セイターがスタルスク12に用意したハイポセンター(爆心地)は、あくまで【受け渡し】が主目的だったのですね。
アメリカ人でもスパイ映画に詳しくない人がこの「デッドドロップ」で即座に理解するのは難しいでしょう。実は映画の前半でセイターの金の延棒の入手法として、ニールと主人公の会話でさりげなく説明していました。
ちなみに映画では、このまま次のオスロでの飛行機激突の作戦会議に話題がシームレスに移ってしまうので、めちゃくちゃ展開が早くて印象は弱めです。
日本語字幕と日本語吹替を共に担当されたアンぜたかし先生も、デッドドロップの認知度の低さを懸念されたのか「秘密のポスト」と意訳していました。この意訳はかなり良いと思いますが、スパイ特有のガジェットである感覚はやや薄れてしまったような気がします。せっかくの説明セリフなので、あえてデッドドロップのまま残してほしかったと個人的には思います。
これは私の教養の無さゆえの感想ですが、ポストとは:誰かが何かを入れて、それを別の誰かが取り出す箱である、ということがあまり意識できずにいました。あくまで受け渡し場所でしかなくて、その中で何かを起こすものじゃないんですよね。本来の用途は。
この「デッドドロップ」なり「秘密のポスト」なりを言葉通りに理解できていれば、もっと速やかにスタルスク12作戦の目的と結末を理解できていたかもしれなかったのですが、映画館で観覧している段階で私はいまいちピンと来ていませんでした。
そもそも私が古典的なスパイ映画に疎いというのもあったかもしれません。確かにスパイって本来は諜報活動がメインなので、マイクロフィルムとかを街角とかに隠して、仲間に共有したりするのがスパイ映画の醍醐味なんですよね。最近のジェームズ・ボンドとかイーサン・ハントがアクション偏重なので忘れていました。(笑)
●私が誤解したのは主人公のせいだった↓
次に主人公の「誤った情報」について。
ようやく本題まで来ました。
実は先ほどのニールのセリフの直後に
主人公が言ったセリフに原因がありました。
ここで主人公がハッキリ言ってるんですよ。
「セイターが死んだらアルゴリズムが起動して世界は終わる」
これに引っ張られてしまいました。
でも、そうだった。
この映画の主人公は「無知」でした。
かァー、騙されたぜ。
実はね、今回、脚本を読んでいて、ある変更点を見つけて
私の中に衝撃が走りました。
実は脚本でこの主人公のセリフは少し違ったのです。
になっていたんです。
これが映画では”In effect”がカットされて、断定口調に変わりました。
当初は主人公のセリフには含みが持たされていたのです。
脚本のままだったら、主人公が間違えてる可能性を自分でも思いつくチャンスが増えたかもしれないなあ、なんて思ったりはします。(苦笑)
というわけで、長く解説してきましたが、
デッドドロップの理解不足(=スパイ映画への造詣)
主人公を信用しすぎた(=脚本からの不親切な変更)
この2点に引きずられて、私はアルゴリズムの機能を誤解していた。
という考察でした。
追伸:
実は、、、
誤解していた方のパターンでも
そこそこ面白い考察ができていたので
近日中にnoteに書こうと思います。
了。