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【随想】葛西善蔵『死児を産む』

自分の作のどう云う点がほんとに彼を感動さしたのか――それは一見明瞭のようであって、しかしどこやら捉えどころのない暗い感じだった。恐らくあの作の持っている罪業的な暗い感じに、彼はある親味と共鳴とを感じたのでもあろうが、それがひどく欠陥のある稚拙な彼の文章から、自分にそうした曖昧な印象を与えたものであろうと思われたが、それにしても「迂闊に物は書けない……」自分は一種の感動から、斯う心に叫んだのだった。

葛西善蔵『死児を産む』(短編集『哀しき父|椎の若葉』)講談社,1994

 飛び出していった言葉たち、瞬きする間にもう、何処へ行ったのやら。彼らは既に、誰のものでもない。自由は孤独だ。言葉も自由で、孤独だ。誰の元へ行こうと、誰と抱き合おうと、誰に殺されようと、知るべくもない。
 曼荼羅を見た。無数の仏を見た。渦巻くような、波紋が拡がるような。意識が上下左右に引き伸ばされ薄まっていく。ベクトルの先、尖端も拡大すれば、バラバラの毛先よりバラバラのいい加減で、どこも指してはいない。まるで三百六十度で語り尽くせるなんて、宇宙を過小評価し過ぎだったな。
 誰かに届いたのだろう、かつて此処にあった言葉が。誰かはそれを食べたか、砕いたか、優しく撫でたか、とにかく触れたのだろう。変わり果てた言葉と、たまたま出会った。たまたま気付いた。君は、あの時の。でも、それだけだ。ほんの少し、眼球が動いたけど、それだけだ。さようなら。また会うかもね。会わなければ、忘れるよ。君も、忘れるだろうし。

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Junigatsu Yota
素晴らしいことです素晴らしいことです

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