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【随想】葛西善蔵『呪われた手』

「何しろ困ったことだなあ……」と、父はすっかり当惑して、目をしばたゝかないばかしの顔して嘆息するように言うのだ。
 併し彼もまた、これ以上のことを何か父から言われることは、予期していないのだ。何故と云うと、彼等が継母を恐れている以上に父は平生から継母のことを恐れているのだから。そしてその継母が、今も現に、茶の間にいて、彼等父子が何を言い合うかを聴き耳立てゝ聴いているのだから。

葛西善蔵『呪われた手』(短編集『贋物|父の葬式』)講談社,2012

 できることなら、誰とも話さず、誰も見ず、誰のことも考えず、誰も知らず、独りで生きて、独りで死にたい。って、みんな思ってるんじゃないの。できることなら、太陽と一緒に起きて、綺麗な水を飲んで、少しの肉と、少しの塩と、少しの山菜を食べて、散歩して、木陰に寝転んで、そよ風に吹かれて、空を眺めて、鳥や虫の声を聴いて、また散歩して、また綺麗な水を飲んで、少し湯に浸かって、少しだけ未来のことを考えて、すぐに忘れて、眠って、起きて、また同じ一日を繰り返して、そうして生きて、そうして死にたいって、そう思ってるんじゃないの。
 何処にも誰もいないってこと、本当は知っているんでしょ。全ての思考は辻褄合わせに過ぎないってこと、何となく気付いているんでしょ。言葉は、後付けです。好きとか、嫌いとか、そうするべきだからそうしているんでしょ。だからできることなら、何も考えたくないんだ。何も考えないのが、唯一真実の世界だから。見られているから、そうするんだ。過去の自分が見ているから、今の自分を演じるんだ。夢よりたちが悪いよ。だって、死ぬまで終わらないんだから。いやもしかしたら、死んでからが本番かも知れない。誰も見ていない演劇、主役も、脇役も、敵役も、全部自分。つまり誰もいないんだ。ああ、何がしたいの。何がしたいんだろうって、誰が訊いているの。誰もいないのに、誰かがいなきゃいけないなんて、何だこれ。


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Junigatsu Yota
素晴らしいことです素晴らしいことです

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