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【随想】葛西善蔵『馬糞石』

 翌日死骸が炎天の川原へ担ぎ出されて、やっぱし解剖されることになった。直腸が破けていて、そこから直径二寸五分ほどのまん円い石ころのようなものが出て来た。それが出た時、若い獣医はちょっと驚喜の叫び声をあげたが、
「これ僕に呉れ給えね?」といった。
「いゝとも……」と倅はこたえた。
 獣医は川の砂でごし/\と洗った。まったく、暗灰色をした、たしかに石ころに違いなかった。獣医はそれを手にすると、倅もまたそこらに集っていた子供等にも碌すっぽ見せず、さっさと引あげて行った。三造は倅からその話を聞いたが、阿呆らしい石ころなど出たと云うので、一層侮辱された気がして、苦い顔をした。ほんとに縁起でもない……

葛西善蔵『馬糞石』(短編集『哀しき父|椎の若葉』)講談社,1994

「おじさん、併しそれは……それは無論取り寄せますがね、併し……」と微笑を浮べて、もじ/\云い出した。
「何? 何が、併しでごいすだ?」と三造は身体をひとゆすりして云った。
「いや、併し、おじさん、それは屹度間違なく取寄せますがね、……多分今日あたり着く頃だと思うんですがね、併し……」
「ほう? それではわしが一寸おめえさまとこへ廻って見てもいゝがな……」
「えゝそれはもうどんなに遅れても二三日中には屹度来ますがね、併しおじさん、あれはですね、あれは確かに馬糞石と云って珍しいものには違いないですがね、併しおじさんの考えてるようなそんな金になる――ハヽ、僕はどうもおじさんとこの運造さんが、あの寺田の爺さんにかつがれた……」
「何だと! この聾たわけめが! もう一遍云って見ろ!」
 三造は歯をがち/\させながら云った。

同上

 “答え”は出ている。信じたもの、信じるしかないもの、それが唯一の答えだ。唯一の答えには従わねばならない。笑われようと、不利益であろうと。矛盾するようだが、答えは真実とイコールではないし、正解か不正解かは関係ない。“答え”とは、道ばたの石ころをダイヤだと呼ぶ勇気である。自分の目玉を客観視する想像力である。風に宇宙の傾きを感じる愚かさである。私は扇風機に向かって叫ぶ。お前は回転するモーターだ。私が回り続けるように、お前も回転し続けるがいい。いつか私達のカルーセルを、楽しむ誰かが現れるだろう。
 これが“答え”だ。つまり、無意味な何かを信じる覚悟、語るべきでない何かを語る認識のチキンレース。それができるか、どうか。“答え”は分岐する。いつだって、不定形。答えがないという、答え。君の眼は今、回っている。

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