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多くの傑作インディーゲームを送り出した「アンナプルナ」の解散理由と、その功績を考える

インディーゲームを主に手掛けるパブリッシャー、Annapurna Interactive(アンナプルナ・インタラクティブ)の全スタッフが辞職したというニュースが報道された。

アンナプルナ・インタラクティブは『Outer Wilds』『Stray』など日本でも人気のあるインディーゲームを多く出版した実績があり、現状のインディーゲーム業界でもDevolver Digitalに次ぐ大手パブリッシャーといえる存在感があった。そのスタッフが辞職……スタジオは残るものの実質的に解散といえる結果となったのは、少なからず長年のインディーゲームファンであり、自身もまたインディーゲーム産業の当事者である筆者としては衝撃的だった。

だがそんな今こそ、改めてインディーゲームパブリッシャー、アンナプルナ・インタラクティブについて自分が総括しておくべきではないか、と考えた。この事件はインディーゲームの歴史上、間違いなく大きな転換点となりうるだろうし、逆にこれまでのインディーゲーム史におけるアンナプルナの役割を考えることで、このカルチャーの全貌が見えてくると考えられるからだ。

また個人的にも、アンナプルナ・インタラクティブは興味深いスタジオとしてみていた。それは手掛けた作品が良質なだけでなく、映画配給会社「アンナプルナ・ピクチャーズ」から派生した子会社であることや、筆者自身も映画ファンとして同スタジオを評価していたことで、「映画とゲーム」というアンナプルナの本質をもっとも理解できている自負があるためである。言い換えれば、このスタジオの真価とはゲームのみならず映画の知識(=アンナプルナ・ピクチャーズ)を複合して見えてくるものであり、ゲームのメディアやSNSではその視点がどうしても欠けている。

今回は2つのアンナプルナ……ピクチャーズとインタラクティブ双方の視点を通じ、今回非常に残念な結果となってしまったインタラクティブ部門解体の本当の原因と、インタラクティブ部門の真に評価するべき点、更には現代インディーゲームが待ち受ける数々の困難について検討していきたい。

特にインディーゲームやナラティブに関心のある人にとっては、それなりに読む価値のある内容となっているはずなので、ぜひ最後まで楽しんでいただければ幸いだ。



映画からゲームへ アンナプルナ・インタラクティブの誕生

ではアンナプルナ・インタラクティブとはズバリどんなスタジオなのか。これは繰り返すように、映画配給会社を母体としていることが大きなアイデンティティとなっている。


アンナプルナ・インタラクティブの母体となったアンナプルナ・ピクチャーズは、2011年に創始した映画配給会社である。まず驚くのは、その歴史の浅さだろう。

現代ハリウッドにおける配給会社といえば、メジャーと呼ばれる「ユニバーサル」「パラマウント」「ワーナーブラザーズ」「ディズニー」「ソニー」などといった巨大スタジオが有名だった。いずれも(ソニーは買収元のコロンビア)第二次世界大戦の前から約100年の歴史を持つエスタブリッシュメントな配給会社であり、彼らがハリウッドひいては世界の映画産業を長らく支配してきた。

big five等とも呼ばれる。同じメジャーの中でも序列や吸収合併は起きている。

ところが、こうしたメジャースタジオの専制に風穴を開けるがごとく、2000年代ごろから突如として若手によるインディペンデント(独立)志向の映画スタジオが次々に勃興した[1]。それが「BLUMHOUSE」(2000年)、「Plan B」(2002)、「A24」(2012年)、「AGBO」(2016年)であり、Annapurna Picturesもまたこうした流れを汲んだ映画配給会社である。

これらに共通する点はいくつかあるが、それはただ「若い」だけではなく、「資本は独立を守るために低~中予算で、個性や作家性を一貫し、時には政治的にラディカルな訴えも辞さない」という姿勢にある。従来の「ハリウッド」で予想される大規模な予算と人員で作るブロックバスターとは対照的に、予算こそ少ないが監督や俳優の個性を引き出し、メジャー配給会社が無視する社会的マイノリティを主人公に据えるということにある[2]。

中でもエッジさと存在感で現代映画を象徴するA24

つまるところ、まさにビデオゲームにおけるインディーゲームと、こうしたインディ映画配給の存在は、多くの部分で通ずる部分があったのは興味深い点だろう。大企業に対する、経営や思想あらゆる点でのオルタナティブとして、映画とゲームはそれぞれ「インディ」を育んだ。そしてこの共通項を証明する存在こそが、アンナプルナグループであることは言うに及ばない。


話をアンナプルナ・ピクチャーズに戻そう。このスタジオは2011年、ミーガン・エリソンという女性によって創始された。ミーガンは1986年生まれの女性で、幼少期より持っていた映画の世界への憧れから、映画業界最大の名門校といえる南カリフォルニア大学に入学。入学して1年と経たず、プロの映画製作に着手した。

Megan Ellison

ミーガンは何本か手がけた後、かのコーエン兄弟の『トゥルー・グリッド』などを製作して評価を獲得すると、25歳にしてアンナプルナ・ピクチャーズを創業。すぐにP・A・アンダーソン監督『ザ・マスター』、キャスリン・ビグロー監督『ゼロ・ダーク・サーティ』、スパイク・リー監督『her/世界でひとつの彼女』など、巨匠監督とともに彼ら彼女らの才能を最大化し、妥協のない映画を作って数々の賞を獲得している。

一見奇跡的とも言えるサクセスストーリーを築いたミーガンだが、このサクセスの裏にはちょっとした仕掛けがある点にも留意しておきたい。実はミーガンは「エリソン」の苗字の通り、オラクルCEOにして、世界6位の資産家ラリー・エリソンが彼女の父親だ。アンナプルナ・ピクチャーズに関しても父から20億ドルの出資を受けており、少なくとも完全にフェアな「独立資本」だったわけでない。

もっとも、その恵まれた立場と資本を最大限活用し、数々の名作映画によって評価を得たのもまた事実。他にもNetflixと共同で『バスターのバラード』、Huluと独占配信契約を結ぶなど、ストリーミングサービスと早期に協同した点も特徴的で、彼女が決して金持ちの道楽で映画を扱っていたわけでないのは事実だ。


このように創業して5年と経たず映画業界に頭角を表したミーガンが次に注目したのがゲームだった。1986年生まれのミーガンは映画業界人としてゲームに親しんでおり、中でも『ゼルダの伝説 時のオカリナ』に夢中になり、インタラクティブメディアのストーリーテリングに強く惹かれたという。[3]

そしてミーガンは元SIEのサンタモニカスタジオのネイサン・ゲイリーを筆頭に業界から人材をかき集め、アンナプルナ・インタラクティブ(以下、A・I)、つまりアンナプルナにおけるゲーム部門を2016年に創設する。

翌年2017年には絵合わせゲーム『Gorgoa』やウォーキングシミュレーター『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』をリリース。そのうち『フィンチ家』はThe Game AwardsのBest Narrativeを受賞するなど、たった1年でA・Iの存在は世界的に知れ渡ることになった。

What Remains of Edith Finch

更に2019年、A・Iの評価を決定づけたゲームをリリースする。それは日本でも有名な、宇宙アクションアドベンチャー『Outer Wilds』だ。ミーガンと同じ南カリフォルニア大学にいたアレックス・ビーチャムら、若き学生たちによって作られたこのゲームは、宇宙を舞台に独自の物理法則を紐解いていくパズルとSF的想像力を広げたストーリーが高く評価され、インディーゲーム最高の権威IGFや英国アカデミー賞に選ばれるなど、2019年最高の傑作の一つとして考えられている。

Outer Wilds

極めつけに、2022年には「猫ゲー」として世界的に注目を集めた『Stray』をリリース。これはインディーゲーム史上もっともセールスが伸びた作品の一つで、Steamだけで400万本以上販売され(全プラットフォームを含めると1000万本に近い数字になると考えられる)、A・Iの総売上の半分をこの「猫」一本で賄ったという指摘もある。[4]

Stray

かくして順風満帆だったアンナプルナ・インタラクティブだが、『Stray』発売の2年後には全スタッフの辞職、実質的な解散に至ることになるのは、誰もが知る通りだ。そこに一体何があったのか。実はこれを紐解くうえで重要なのが、ゲーム業界側であまり知られないミーガンの素顔と彼女が率いるアンナプルナ・ピクチャーズ……つまり「本業」だったはずの映画配給会社である。


アンナプルナ・インタラクティブはなぜ解散したのか 2010年代後半~2020年代の問題

そもそも、一般的にゲーム企業がレイオフを行う(退職を勧告する)場合は、その企業が親会社もしくは投資家にとって十分な利益を得ていない……要するに「儲からないから、人件費を減らす」という理由で行う事が多い。ここのところゲーム業界のレイオフは相次いでおり、特にマイクロソフト傘下では2500人以上の解雇やTango Gameworksの閉鎖などが印象深いが、これらもコロナ禍明けの全体的な不況等を鑑みると、その理由が経済的不況にあることは双方の立場から察せられるだろう。


ところがアンナプルナ・インタラクティブの場合は、明らかにこうした通常のレイオフとは事情が異なる。

まずA・Iは経営状況が悪化しているどころか、明らかに業界の中でも好調だった。それは『Stray』のインディー史上まれな成功のみならず、直近でも『Neon White』『Cocoon』などの成功を鑑みても、疑う余地はない。つまいA・Iは会社の足を引っ張るどころか、むしろアンナプルナ全体にとって重要な資金源となっていた。

そもそも今回スタッフは、辞めさせられた(レイオフされた)わけでなく、むしろ自ら辞めている。それも、まず社長のネイサン・ゲイリーが辞め、それからスタッフ全員が後を追った。それは最も難しい判断だったとゲイリー自身も語っている。

他の原因があるとすれば、A・Iが十分評価されていなかった(十分な給与を与えなかった)ということも考えられる。だが、実際にはアンナプルナはA・Iを極めて適切に評価していた。というのも、実はミーガンは2021年、A・Iのトップであるネイサン・ゲイリーを本社アンナプルナ・ピクチャーズの社長に任命しているのだ。

ネイサン・ゲイリー 画像はPocket Gameより

ミーガンはこの人事に対し「ネイサンは印象的なリーダーシップによってA・Iをゼロから構築しました。私はネイサンのビジョンと洞察力を尊重しており、映像で成長を続けるアンナプルナ(ピクチャーズ)を率いるのにこれ以上の人材は思いつきません」と語り、対してネイサンも「A・Iはミーガンがアンナプルナで構築した価値観と目標に基づいて構築しました。ミーガンと社全体の才能と協力して、世界最高のクリエイティブを届けることに非常に興奮しています」と答えている。[5]

このように、A・Iの解散はゲーム業界の通例と照らし合わせても、極めて不可解なものだ。まず企業そのものは不振などころか、業界でもトップクラスのヒット率を誇る。そして親会社もその事実を正しく評価し、あまつさえ親会社の社長に迎えるという最高クラスの待遇でもって報いた(これはフロム・ソフトウェアが宮崎英高を社長に任命したのを思い出す)。何もかも順調であったにもかかわらず、なぜこのような事態となったのか。……少なくともゲーム業界からでは、その理由は全くわからない。


ところが筆者を含む、ある程度インディー映画に関心のある者なら、この不可解な解散の裏にあった「真実」を察することはできる。

では一体何が解散の原因となったのか。結論から言うと。実はこの背景にあるものが、親会社にして映画配給会社のアンナプルナ・ピクチャーズの「2010年代後半から2020年代にかけて直面してきた映画部門の困難と、ゲーム部門との乖離」なのである。


まず先ほど述べたように、アンナプルナ・ピクチャーズはメジャー配給会社の専制にA24などと肩を並べるインディペンデントな配給会社の一つだった。そして、P・A・アンダーソン監督など数々の巨匠とともに彼ら彼女らの作家性と、従来のハリウッドにはないマイノリティの視点を権力的・表現的に追求したことが、この会社の特徴だった。

しかしA24と違い、アンナプルナは常に経済的に大胆であった。ミーガンの製作には妥協がなく、巨匠監督を起用し、予算に糸目もつけなかったという。それゆえ『ザ・マスター』『ゼロ・ダーク・サーティ』のような成功も勝ち得たが、莫大な製作費ゆえに一度外したときのリスクは看過できないものとなっていた。

こうしたアンナプルナの問題が露呈し始めたのが、2018年頃だ。当時、アンナプルナが配給した映画はいずれも不興で、制作費に対してほとんどが赤字だったという。直前の2017年には5作品を封切したが、興行収入が約4000万円に対して経費は2億ドルを形状。当時160億円近い大赤字を出してしまっていた。その結果として製作中の『ボムシェル』『ハスラーズ』も放棄されてしまう。


こうした苦しい中、ミーガンは不可解な、無責任ともとれる行動に出始める。社内ではミーガンとチームでいつも対立が起きており、2020年には父ラリー・エリソンが島全体を所有するラナイ島に籠もり、ビジネスの場から完全に姿を消した。

当然ながらその間に映画分野の製作はストップし、2019年までには年間5本は安定して配給していたにもかかわらず、2020年には1本、2021年には0本しか出さないという有様に。その結果、映画製作部門のトップ、チェルシー・バーナードを筆頭にほとんどの製作スタッフが離脱していたという。[6]

その後、さすがに焦ったのか(父の関係者が入社するなど、父からの圧力があったとも噂されている)、エリソンは経営の現場に復帰するものの、以前のようなインディペンデント性には欠いていた。従来のような作家性を尊重する中規模映画を作らず、大手配給会社のMGMと組んでいくつか手がけ、しかも途中で離脱するなど、大胆なやり方も目立ったが会社を立て直すような結果は得られなかった。

実はまさにこうしたミーガンの経営体制の限界が露呈した時に、ゲーム部門のトップ、ネイサンが親会社の経営者として呼び戻されたのである。もはや壊滅状態と言っていい2010年代後半のアンナプルナの中で、例外的に『Outer Wilds』『Stray』などヒット作でもってアンナプルナの売上に貢献していたゲーム部門が、唯一の救いだったのだ。


ところが、もはや現在のアンナプルナはゲーム部門を作った2016年当初の勢いも、ミーガンのビジョンも失われていた。親会社の映画部門は多くの人材を失い、作品も送り出せないまま、経営的には極めて危機的状況にあった。その間、かろうじてネイサンらが率いるゲーム部門が売上を支えていたものの、気づけば「本社」のアンナプルナ・ピクチャーズと「子会社」であるアンナプルナ・インタラクティブの立場は逆転していた。

そしてミーガンには会社を立て直すためにゲーム部門が必要だった。そこでミーガンはゲイリーを本社の社長に迎えるのと引き換えに、ゲーム部門への干渉を強めていく。アンナプルナ全体の利益のため、本来の「アンナプルナらしさ」を失うような判断もそこにはあった。

中でも大きな変化が2022年に発表した『ブレードランナー2033:ラビリンス』というゲームで、これは既にIPとして確立された「ブレードランナー」の権利を使い、自社スタジオで5年以上開発した巨大なゲームとなる予定だった。他にも、2024年には『アランウェイク』などで実績のある大手Remedyと資本提携を行って『Control 2』に融資するなど、大企業との連携も加速させていった。

『ブレードランナー2033』設定画 公式より

こうした判断がどこまでがゲイリーとの協同で、どこからがミーガンの独断かは、もはや判断できない。だがいずれにせよ、こうした2020年代のA・Iの動きは、ゲーム部門はもとより映画配給としてのアンナプルナの姿勢としても、かなり不可解なものではある。

いずれにせよ、こうした動向が直接的にミーガンとゲイリーの間で対立につながったのは、想像に難くない。

ゲイリーとしては、本来のアンナプルナが持っていたインディペンデントに作家を尊重するという姿勢を貫き、『Outer Wilds』『Stray』のようなヒット作につなげていった。しかしミーガンは映画部門では失敗が続き、収益の良いゲーム部門を取り込む形で、他IPや他社との連携など「インディペンデントな」姿勢を崩してでも経営を改善したかった。

ゲイリーはこの本社の経営難に「巻き込まれる」ことを嫌がり、ミーガンにアンナプルナ・インタラクティブの独立を求めた。しかしミーガンにとって、この経営難にわざわざドル箱のゲーム部門は手放せない。結果、ゲイリーとその部下たち全員が会社を辞職し、ゼロから会社を立ち上げる他なかった……。

既にA・Iが離散してしまった今となっては、もはや確かめる術はない(仮にスタジオが残っていても、法的な懸念からそれらを明らかにすることはありえないが)。だが、可能な限り事実にのみ即して検討しても、映画部門とゲーム部門の決定的な軋轢というのが問題の根源であるのは、約15年のアンナプルナの変化と不興を鑑みれば概ね推察できる。


アンナプルナのレガシーを考える ファインアート的インディーゲームの発展

ここまでアンナプルナ解散の背景にあるものに思考を巡らせてきたものの、結果的には、もはや解散は避けられない状況にあった。だからこそ、解散そのものには納得する他なく、今後のミーガンおよびゲイリーそれぞれの活躍に期待する他ない。

そのうえで、最後に振り返りたいのがアンナプルナ・インタラクティブのレガシー(遺産)である。

確かにアンナプルナは半ば解散した。しかし、現代のインディーゲーム文化を作り上げた最大の一社であるアンナプルナの影響は大きく、今もアンナプルナの作風に影響を受けたであろう開発者やパブリッシャーは少なくない。そのアンナプルナが一体何を我々に遺してくれたのか。そこから何を継げるのか。今こそ考えるべきではないだろうか。

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以下の有料部分では
・アンナプルナがもたらした「ファインゲーム的インディーゲーム」のレガシー
・インディーゲームの王者「Devolver」との対比
・インディーゲーム文化にもたらしたアンナプルナの「作家性と物語」
・『フィンチ家』、『Florence』、『Outer Wilds』、『Neon White』などで見せた、アンナプルナ作品の批評的な意義
・ミーガンとゲイリーの今後について

を語っています。アンナプルナが解散した今こそ考えるべきこのスタジオの真価、そして現代インディーゲームへの影響を考える上で、重要なポイントを挙げました。

インディーゲーム文化を理解し、楽しむうえで極めて重要な論点を批評として示唆していますので、ぜひゲームゼミにてお楽しみください。(スカラー・メセナ両プランにて、購読者は今年公開された記事のほとんどを定額で読めます)
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