ああ、生まれてきてよかったとおもう瞬間(とき)があるじゃないか
最近、井上ひさしさんのエッセイ集を読んだ。
その中の「わが心はあなたの心であれかし 解説にかえて」というエッセイの中で、井上さんは中学3年の秋から高校卒業の春まで養護施設にいたと書かれている。その中の一文が心に留まった。
この文章を読んだとき、
八上比売(やかみひめ)が木の俣に御井の神を置いて帰ったときも、ちょうどそのような春の暖かいとある一日だったのかなぁと哀しく思うのだった。
*
「古事記」に出てくる大国主命の物語は「うさぎとわに」の話から始まる。「うさぎとわに」については以前もわにの視点から解説した。
隠岐にいたうさぎはなんとか因幡に渡りたいがために、わにをだまして隠岐から因幡まで並ばせてその背を橋代わりに渡ろうとする。しかし、最後のところで、うさぎはそのたくらみをわににしゃべってしまい、最後はわにに皮をはがされてしまう。
そこに通りかかった八十神たち。彼らは因幡の八上比売(やかみひめ
)に求婚に行く最中だった。皮を剥がされたウサギを見て、八十神達は「海水を浴びて風の吹くのにあたっているとよい」といった。その通りにするとよけい傷んで、うさぎは泣きふしていた。
そこに八十神達の荷物を持って通りかかった従者・大国主命がうさぎに良い治療方法を教えて、うさぎがそのとおりにすると皮は元通りに治った。
そこでうさぎは「八十神達は因幡の八上比売(やかみひめ)に求婚に行くけれど、選ばれるのは大国主さん、あなたです」と予言する。
その予言の通り、八上比売(やかみひめ)は八十神の求婚をすべて断り、大国主命との結婚を宣言した。
そりぁ、八十神さんたちも怒るでしょ
八十神の中から選ばれるどころか、あろうことか下僕として連れてきたはずの大国主命が結婚相手に選ばれたのだ。この屈辱と言ったらないだろう。故郷に八十神たちはどうしめしをつけることが出来よう。
その後、八十神達は大国主命を何度も殺そうと企みる。しかし、その試みはことごとく失敗に終わり、最後はスサノオの力も借りて大国主命は八十神達をやっつけてしまった。
そこで、大国主命は晴れて結婚相手の八上比売(やかみひめ)を迎えに行く。それが八上比売(やかみひめ)の不幸の始まりだった。
スサノオの試練を受けているときに、実はスサノオの娘・スセリヒメと大国主命はいい仲になっていたのだ。大国主さん、あなた、このとき八上比売(やかみひめ)のこと、忘れていたんじゃありません?
しかし、八十神を倒したのでOKとばかりに八上比売(やかみひめ)を因幡に迎えに行く。なぜ、後に津々浦々に女を作ったのに、大国主命はこのときばかりは八上比売(やかみひめ)を迎えにいっちゃったんだろう。八十神を倒したことで、心が大きくなっちゃったんだろうか。
当然、スセリヒメは、八上比売(やかみひめ)を連れてきた大国主命に怒り狂うのであった。スセリヒメは嫉妬深くて有名だったらしく、それはそれは怒ったらこわかっただろう。
とうとう八上比売(やかみひめ)はスセリヒメを恐ろしくなり、因幡に帰ることにした。しかし、八上比売(やかみひめ)はこのとき、既にご懐妊中だった。
出雲に滞在中に、大国主命の子供が生まれてしまう。八上比売(やかみひめ)は、大国主命に育ててもらいたかったのか、自分では育てれないと思ったのか、どちらだったのかはわからないが、子供を木の俣に挟んで、因幡に帰ってしまった。
さて、その子供はどうなっただろう。
大国主命はスセリヒメを恐れて、とても育てたとは思えない。おそらく出雲の名もわからない夫婦に預けて、育てられたのではないだろうか。その後の子供の生涯に「古事記」は全く触れていない。
しかし、出雲ではその子供を木の俣の神・御井の神として大切に祀った。
御井神社という。安産祈願の神社である。
なんと、御井神社は安産祈願の神様なのでる。
ちょっと考えると不思議な気がする。八上比売(やかみひめ)が無事に子供を生んだからというのがその理由だとしたら、八上比売(やかみひめ)を祀ればいいのではないだろうか。しかし、御井神社の祭神は木の俣の神である御井の神なのである。
御井の神の気持ちはどうなんだろう。父を憎み、母を恨むことはなかったのだろうか。このことについても「古事記」は何も説明していない。
実は、この物語は御井の神のサイドストーリーがあったんじゃないかと僕は思う。
大国主命は、その後に、スクナヒコの力を借りて「国造り」を始める。そのとき、青年になった御井の神は大国主命の「国造り」についていったのではないかと想像する。そして、因幡へ出向き、母神である八上比売(やかみひめ)に会いに行ったと思う。
御井の神は、やはりスサノオと同じように母を恋い、慕い、どうしても会いたかったのではないだろうか。
因幡に隠棲している八上比売(やかみひめ)の家にたどり着く御井の神。家がはるか遠くに見える傍から気もそぞろ。駆け足になる、御井の神。 既に涙目だったろう。
お母さん!!
年老いた八上比売(やかみひめ)はその声を聞き、「はっ」とする。もしや、何十年も前に出雲に捨ててしまったわが子なのでは。会いたいと思わない日々はなかった。思い出さない日々はなかった。いつも想っていた生き別れた息子の声に慌てて家を飛び出す老婆・八上比売(やかみひめ)。
そして二人は涙の抱擁を交わす
*
御井の神もこのとき、そう思ったんじゃないだろうか。だからこそ、安産の神様になれたんじゃないかと思う。そう思うと、今日の夜風も少しだけ優しく感じる。
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今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
よかったら、御井神社にもいらしてください。
安産間違いなしです ♪
お待ちしています。
こちらでは出雲神話から青銅器の使い方を考えています。
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