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【エッセイ】 過去に戻ってやり直したいこと

生まれて初めて小説というものを書いている。

小説は読むものとばかり思っていたので、まさか自分が小説(らしきもの)を書くとは思いもよらなかった。なぜ、小説を書こうかと思ったかというと、noteのみなさんならご存知かもしれないが、noteで今、創作大賞2023を募っているからである。

ぼくは出雲神話の真実をずっと調べていて、このnoteでも「青銅器の使い方」と称して、出雲神話の真実に迫ろうとしている。しかしそれだけでは間が持たないので、エッセイやら似顔絵やらを書き散らしている。

四半世紀、出雲神話の真実を調べているが、たまにはっとするような発見や気づきがある。それは何にも替えがたい喜びである。この、ときたま訪れる発見や気づきの喜びをみなさんと共有するには小説の形式がふさわしいのではと気が付いた。

しかし、いかんせん、小説など書いたことがないので、どこから手を付けていいかわからない。はたして締め切りの7月17日までに間に合うのか、今から心配であるが、なんとかやってみようと思っている。


最近、「東京卍リベンジャーズ」のような過去に戻ってやり直す話が多いような気がする。過去に戻ってやり直したいこと。誰もが一度は思うのかもしれない。

ぼくは若い頃、「人生、反省はしても後悔はしない」と心に決めて生きてきたつもりだった。しかし、実は何もわかっていなかったなぁと今では思う。

あれは、次男が保育園の頃の出来事。

夕食に家族で食卓を囲んでいるとき、そこに熱々の中華スープが並べられていた。三男に手を取られていたので、次男の行動をよく把握していなかったのもよくなかったけれど、そのときあの出来事が起きた。

次男が中華スープの入ったお椀をひっくり返してしまった。

悪いことに、その中華スープは次男の太ももにこぼれてしまった。大やけどだった。

次男は「熱い、熱い、いたい、いたい」と泣き続けた。どうなだめようにもとまらない。救急で病院に向かう最中もずっと泣き続けた。あの時ばかりは、変われるものなら変わってやりたいと思った。お椀をひっくり返すのも見えていたのに、どうして体を張ってでも止めてやれなかったのだろう。あの時、はじめて胸が張り裂ける思いとはこういうことなのだろうかと思った。

病院から帰るころには泣き疲れて、次男は寝てしまったが、翌日も痛みは続く。しばらくは痛々しい日々が続いた。病院の先生は、治っても治癒した部分はケロイド状になり、成長に伴って痛みが発生するかもしれないといわれた。歩行に支障を伴うかもしれないとも。

もし、過去に戻れるなら、僕はこの日の夜に戻りたいと、今でも思う。



出雲神話には、兄弟神に嵌められて、大やけどを負って死んでしまう大国主命の物語が納められている。

そのとき母神は泣き悲しんで、高天原の神産巣日神(かみむすび)のところに出向き、𧏛貝比売(きさかひひめ)と蛤貝比売(うむかひひめ)をお借りししてきて、治療薬を作ってもらい、大やけどした患部に薬を塗って、大国主命を甦らせた。

ちなみに高天原で出雲に比較的協力的な神様・神産巣日神(かみむすび)。別名を神魂命といい、松江市大庭町に神魂神社として祀られている。本殿は最古の大社建造物としても有名である。

また、𧏛貝比売(きさかひひめ)と蛤貝比売(うむかひひめ)もそれぞれ、加賀神社(島根県松江市島根町)と法吉神社(島根県松江市法吉町)に祀られている。



僕も次男が大やけどしたとき、

「𧏛貝比売(きさかひひめ)と蛤貝比売(うむかひひめ)を呼んで!!」 

と叫べばよかったかもしれないけれど、きっと妻に殴られていたことでしょう (苦笑)



(後日譚)

次男は今、埼玉の専門学校に行っている。やけどの跡も残ったが、歩行に不自由することなく、元気に学校に通っている。

次男の名前は大国主命にあやかってつけたのだが、思えば大国主命のおかげでこの程度で済んだのかもしれない。

ですが、やけどするとこまで似なくても、と父は思ったりするのだった。



今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。  

よかったら、神魂神社にもいらしてください。

神産巣日神(かみむすび)が困っていたら助けてくれるかも

では、お待ちしています ♪



こちらでは出雲神話から青銅器の使い方を考えています。

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