犬山散策②
日が落ち、松明が灯る。
川の沿岸にある待合所から見下ろす景色は、暗闇が広がり川の全容が見えなくなった。
時折降る雨。
無事に開催されるのかと、乗船のアナウンスを待つ私は、浮ついた気持ちのまま周囲に忙しなく視線を向ける。
何せ初めて鵜飼を見るのだ。
乗船開始のアナウンスが流れると、待っていた乗客達が一斉に待合所の出口に向かって歩き出した。
遅れないようにと続くと、提灯が灯る屋台船が並んでいた。
屋根の梁に頭を打たないように慎重に乗り込む。
人が乗り込む度にゆらゆら揺れる。
海外からのお客様もいらっしゃって、船内はとても賑やかだ。
それがより気持ちの高まりを助長させた。
先頭さんからの注意事項を聞いて、ゆるりと船が動き出す。
「もしかしたらマツヤニの匂いが付くかも。
今の若い子はマツヤニを知らないんだってね」
知識としては知っているけれど実際のマツヤニを知らないので、私も若手に分類されるのかしら。
そんなことを思いつつ、先頭さんの話に耳を傾ける。
私の視線は、広がる幻想的な光景に釘付けだった。
暗闇に響く、跳ねる水音。
蛍のように舞い上がる火の粉。
水面を照らす松明の炎に浮かび上がる、鵜の細長い首。
鵜が魚を捕まえる度に上がる歓声と拍手。
鵜の鳴き声に共鳴するかのように、ギシギシと木製の船が音を奏でる。
松明が燃える匂い。
水を含んだ、屋台船の匂い。
雨と川の匂い。
目の前に広がる光景は、まさに非日常そのものだった。
「昼と夜、両方鵜飼をやるところは犬山だけなんですよ」
鵜匠の船と並走する屋台船。
それを操る先頭さんのどこか誇らしげな言葉が、松明の爆ぜる音に重なり、そして余韻を残して霧散する。
町あかりが水面を照らす。
現代的な街並みの光景と、伝統衣装を纏う鵜匠の姿。
現代と伝統の、対照的とも言える光景が目の前に広がっている。
揺れる船体に心地よさを感じつつ、あっという間に鵜飼が終わった。
スマホを構えながら、鵜飼を見ながらというなかなか忙しい時間を過ごしてしまったのだけれど、とても充実した時間だった。
下船して駅に向かう。
船の揺れが体に残っているのか。
それとも幻想的な光景が脳裏に焼き付いているからか。
お酒を飲んでいないにも関わらず、駅に向かう足取りがふわふわする。
地に足がついていないようなその感覚に、まるで自分が夢の中にいるような気さえして思わず笑ってしまった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
暑い日が続きますが、どうか皆様ご自愛くださいませ。
Izumi
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