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嵯峨野の月

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嵯峨天皇と空海が作った「日本」の物語。 昔、日の本のひとは様々な厄災を怨霊による祟りと恐れ、怯え暮らしていた。 新都平安京に真の平安をもたらす二つの日輪、嵯峨天皇と空海の人生を軸…
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2023年1月の記事一覧

嵯峨野の月#1 菊花

嵯峨野の月#1 菊花

第一章 菜摘菊花

昔、とある貴人のお屋敷に風変わりな娘が仕えていた。

女性が白粉を塗って化粧しているのが当たり前なこの時代に、娘はずっと素顔で居た。

可哀想に、化粧道具も持たされなかった位実家が貧乏なのね…

と家に仕える他の使用人たちは陰でくすくす笑って娘を遠巻きに見ていたが、直接苛めたり嫌な言葉を投げつける事も無かった。

それはなぜか?

不吉な娘、と噂が立っていたからだ。

娘は3つ

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嵯峨野の月#2 親王様の恋

嵯峨野の月#2 親王様の恋

第一章・菜摘

第二話 親王様の恋

「して、その娘は美しいのか?」

と父から婚姻の話を受けて数日もせぬ内に、神野は自分より一歳年上の学友であり悪友の、藤原三守を呼び出していた。

「はあ…確かに我が妻はその娘の姉ですが、義理の兄とはいえ私も顔を見た事がないのです」

と温和な人柄だけが取り柄の藤原南家の五男坊は、馬鹿正直に答えた。

「何しろその娘は父親の遺言で

『成長したら必ず宮中にお仕え

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嵯峨野の月#3 若い世代の野心

嵯峨野の月#3 若い世代の野心

第一章・菜摘

第三話 若い世代の野心

弟皇子など、いらぬ。

という声が頭上から振りかかった。真っ暗な闇の中から手が伸びてきて、首の両側を圧迫する。
角髪が崩れるほどに顔を振り続け、自分は抵抗する。
はあっ!はあっ…はあはあ…うっ!

「まただわ!」

と高津は起き上がり、床の隣で眠りながら喘ぐ夫、神野の「発作」を鎮めるため、まず夫の両胸を抑えて揺すった。

「お兄さま、お兄さま!」
うかつに

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嵯峨野の月#4 その男、空海

嵯峨野の月#4 その男、空海

第一章・菜摘

第四話 その男、空海

神野は、冬は嫌いだった。

野に出て狩りも出来ぬし、軽々に外出もままならぬ親王という身分がこの季節には首枷のように重く感じるのである。

それに、雪が積もると恐ろしい夢を見る。

そんな時は巻物を持ち込ませ書を読み学問をし、唐の詩人、孟浩然の春暁を諳んじ、まだ来ぬ春に思いを馳せるのだ。

春眠不覚暁
処処聞啼鳥
夜来風雨声
花落知多少

春眠暁を覚えず
処処

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嵯峨野の月#5 讃岐から来た少年

嵯峨野の月#5 讃岐から来た少年

第一章・菜摘

第五話、讃岐から来た少年

昔、ある少年が故郷から都へと旅立った。

少年が一族の中でずば抜けて学問に秀で、都に居る叔父にその才を見出されたからである。

この子の才は故郷で朽ちさせる訳にはいかない、是非都に上って大学寮に行かせるべきだ。

ゆくゆくは官吏か博士になり、朝廷にお仕えするのだ。

それが、一族の為になるのだから。と叔父は主張し、故郷に迎えの者を寄越した。

「しっかり

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嵯峨野の月#6 長岡京、崩壊

嵯峨野の月#6 長岡京、崩壊

菜摘6長岡京、崩壊

何故、朕のやる事なす事すべてが裏目に出るのだろうか?

長岡遷都は間違いだったのだろうか?

難波宮から移築した宮殿の外では、梅雨の大雨が強く激しく、地面を打ち付ける。

延暦十一年(792年)。

長岡京遷都からずっと忌事続きだった桓武帝が正気を保っていたのは、ほとんど奇跡に近い。

忌事は、遷都翌年の種継暗殺事件から始まった。

調べてみれば弟早良寄りだった大伴一族や春宮

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嵯峨野の月#7 仏への道

嵯峨野の月#7 仏への道

第一章・菜摘仏への道

「わしの名は戒明、この庵のあるじじゃよ」

と老僧は名乗り、沸かした湯で干飯をもどした湯漬けの椀と箸を真魚に手渡した。

都を出て以来の温かい食事にありつき、真魚ははふはふ言いながら箸で飯をかっ込み、すぐに椀を空にしてしまった。

その様子を戒明はにこにこ見ながら
「その様子じゃお前さん、崖に身を投げに来た訳じゃなさそうだね」と安心したように言った。

え、あの崖は自殺の名

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