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【ショートショート】いい人

「それなら営業の鬼瓦に頼むといい。あいつはいい奴なんだ」

 社員食堂で同じ企画部の先輩に引越しの人手が一人減ってしまった事をぼやくと、そう提案された。

「丁度あそこで飯食ってるし、仕事がデキるやつとは顔を繋いでおけ、それも新卒の仕事だ。行くぞ」

 言われるがまま先輩について行く。春の陽気が差し込む窓側の席まで行くと先輩が立ち止まった。

「鬼瓦、ちょっといいか?」

「おう」

 鬼瓦と呼ばれた男がこちらを見て立ち上がった。デカい。二メートルくらいだろうか。ジェルでばっちり固められたスキンフェードのマンバンヘア、厳つい顔と髭、おまけに筋骨隆々とした肉体。東大寺の金剛力士像がスーツを着てそのまま立っているようだった。

「こいつはウチの新卒くんなんだが、ちょっとお前に頼みがあるみたいでな」

 そこまで言うと先輩は僕の背中をポンと叩いた。あとは自分で言えということらしい。

「お、鬼瓦先輩初めまして。き、企画部の佐藤です。じ、実はひ、ひ、引越しの人手が一人足らなくて……」

「引越しだぁ?」

 鬼瓦先輩がよく響く低い声で聞き返してきた。思わず身がすくむ。

「は、はい。ま、まぁお急がしいと思うのでまた別……」

「んなもん余裕だろうが!」

 大声にちびりそうになったが、了解してもらえた。僕、友人、鬼瓦先輩。三人いれば何とかなりそうだ。

 引越し当日、鬼瓦先輩は自前の黒のハイエースで僕の実家に現れた。助手席には僕の友人が乗っている。鬼瓦先輩から道中で拾ったと連絡があった。

 鬼瓦先輩と友人はハイエースから降りると、僕と一緒に僕の母に挨拶をした。初めて鬼瓦先輩を見た母は、玄関にある魔除けの札をかざそうとしたが、鬼瓦先輩に慇懃な挨拶をされ、好物の金絹屋きんきぬやのだし巻き卵を手渡されると顔が綻んでいた。

 挨拶の後、僕たちは引越しの準備を始めたのだが、僕と友人は早々に自分たちの出番はないと悟った。鬼瓦先輩の作業レベルが高すぎるのだ。疾風怒濤の勢いでハイエースに荷を積み込む鬼瓦先輩は、ちょっとした自然の猛威であり、手を貸すことはもやは危険だった。

 実家から二十キロ離れた所にある新居のマンションでも同様で、鬼瓦先輩はまるで一夜城でも作るかの勢いで躍動した。

 冷蔵庫片手にソファを担ぎ出し時は、写真を撮って神棚に飾ろうかと思ったくらいだ。

 引越しの後、僕たちは新居で引越し祝いをした。場も温まり酔いが回っきた頃、友人が赤ら顔で言った。

「彼女欲しいわぁ」

「んなもん余裕だろうが!」

 間髪入れず鬼瓦先輩が言った。三日後、合コンがセッティングされた。

 合コン当日、間接照明の効いた個室居酒屋で鬼瓦先輩を待っていると、鬼瓦先輩が二十代後半位のお姉さん二人を連れてやってきた。二人とも街ですれ違ったら思わず振り返ってしまう様な美人だ。恵梨香さんと彩乃さんと言うらしい。

 異性に不慣れな僕はドギマギしたが、鬼瓦先輩の仕切りのお陰で場は大盛り上がりした。

 この会がきっかけで、僕はナイスバディな彩乃さんとお付き合いすることになった。

 ある夏の夜、彩乃さんの家で情熱的な時間を過ごしていると、ドアを激しく叩く音と怒鳴り声が聞こえた。何だろうと思っていると、彩乃さんがしくしくと泣き始めた。

「どうしたの?」

「最近、お兄ちゃんが闇金に融資を受けたまま蒸発しちゃったみたいで……、昨日から取り立ての人が家に来るの」

「そんな……」

 取り立てに来た男はドアを激しく叩きながら、野太い声で怒鳴り散らしてくる。

「そこにいんのは分かってんだよ、早く金返せオラァ!」

「んなもん余裕だろうが!」

 鬼瓦先輩の声だ。

「んだ、てめぇ! すいませんでした! やめてっ」

 取り立ての男が悲鳴にも似た声をあげた。



 静寂が訪れた。



 僕は寝巻きを羽織って恐る恐るドア穴を覗いた。誰もいない。

「けんちゃん、これ」

 タオルケットに身を包んだ彩乃さんが、僕に自分のスマホを見せてきた。

『事情はおおむね把握しました。お兄さんとお金の事は心配しないで下さいね。<追伸> 出張土産にご両親がお好きと言っていた瓦せんべいを買ってきました。ドアノブに掛けておきます。佐藤くんとお幸せに』

 鬼瓦先輩と会えたのはこの夜から十日後だった。社員食堂で鬼瓦先輩に話を聞くと、あの夜、単身で取り立てに来た男の事務所に乗り込んで借金を帳消しにさせた後、お兄さんを探して事務所のバックだった反社会的組織の本部に突入、壊滅させたらしい。

 それでも彩乃さんのお兄さんは見つからなかった為、リモートワークがてら五大都市の反社会的組織を潰して周り、福岡の港のコンテナの中でお兄さんを見つけたとのことだった。

 鬼瓦先輩のお陰で平穏を取り戻した僕と彩乃さんは、ショッピングモールで鬼瓦先輩へのお礼の品を買った後、映画館で映画を見ていた。『リーマンレジェンド』というヒーロー映画だ。映画は佳境まで進み、主人公と悪魔が対峙している。

「無駄な足掻きだ。人間風情が私を倒して世界を救える訳がない」

「んなもん余裕だろうが!」

 振り返ると鬼瓦先輩が立ち上がって叫んでいた。一般席よりちょっとお高いエグゼクティブシートにいる。

 きっと没入しやすいタイプなんだなと思ったが、鬼瓦先輩は翌々日から溜まった有給をすべて使って、世界各地の紛争や戦争に介入し終結させてしまった。

   ちなみにこの件は『日本のサラリーマン、有給を使って世界に平和をもたらす』という海外のネットニュースで知った。

 僕は凱旋した鬼瓦先輩をスーパー銭湯に誘った。鬼瓦先輩を少しでも労わりたかったのだ。それに彩乃さんと結婚することも報告したかった。

 秋の澄んだ星空。それを眺めながら露天風呂に浸かると、鬼瓦先輩は言った。

「来月で仕事は辞める。これからの平和の為にだ。重要なのは教育だ。まずは戦災地に教育の普及と拡充を図る。これが俺の生きる道なんだ」

 鬼瓦先輩はその後も熱弁を振るっていた。鬼瓦先輩の身体に刻まれた無数の傷跡が、鬼瓦先輩に使命感を与えているように見えた。

 鬼瓦先輩の話が落ち着いたところで、僕は鬼瓦先輩に彩乃さんと結婚することを報告した。鬼瓦先輩は「この傷が癒えるってもんよ」と言って、丸太みたいな左上腕についた傷を見せてくれた。あるかないかも分からない傷だった。

 スーパー銭湯を出た僕と鬼瓦先輩は、月明かりに照らされながら帰途についていた。

「んなもん余裕だろうが!」

 突如、鬼瓦先輩が虚空に向かってが叫んだ。すると、星空に忽然と巨大な宇宙船が現れた。宇宙船は鬼瓦先輩に光を照射すると、鬼瓦先輩の身体は宙に浮き、そのまま宇宙船に吸い込まれてしまった。

 翌日、鬼瓦先輩が出社していたので話を聞くと、七つの宇宙の存亡を賭けた戦いを勝利に導いたと言っていた。

   ちなみに宇宙は全部で八つあり、僕たちが存在する宇宙は八番目。この戦いとは無関係だが、全宇宙の統治者に懇願されて協力したそうだ。

 「よく一日で帰ってこれましたね」

 「次元の歪みを利用した超多次元・超時間軸移動を使えば余裕だ。今度見せてやる」

 意味不明だったがワクワクしていると、鬼瓦先輩の電話が鳴った。

「お電話ありがとうございます、鬼瓦です。んなもん余裕だろうが!」

 鬼瓦先輩は電話を切ると「来い、見せてやる」と僕を屋上に連れて行った。

「ここら辺だな」

 鬼瓦先輩はそう言うと両手でカーテンでも開けるようにして、空間を引き裂いた。空間の裂け目は三メートルほどの大きさで、裂け目の中には極彩色の光を放つ不思議な空間が広がっている。これが次元の歪みだそうだ。

「次はどこに行くんですか?」

「五次元だ。そこで全宇宙の統治者と一緒に上位存在同士の揉め事の仲裁に入る」

「僕と彩乃さんの結婚式までには帰ってこれますよね?」

 鬼瓦先輩が微笑した。弥勒菩薩のように静かで優しい笑みだ。そして、僕の肩にそっと手を置いて言った。

「んなもん余裕だろうが」

 鬼瓦先輩は僕に背を向けて手を振ると、次元の歪みの中に消えて行った。

 (了)



【あとがき】
拙文をここまで読んで下さり
ありがとうございます!😆
鬼瓦先輩の言う
超多次元・超時間軸移動などというものが
使えるなら、やり直したいことがあるので、
それに使ってみたいです。

それと、普段はここにふざけた【あとがき】を
書いているのですが、
今後は振り返りの為に別個の記事として、
やや真面目なあとがき(低レベル)
を書いてみるのもありかなぁと思案中です🤔

さておき、投稿を気に入っていただけた方、
超多次元・超時間軸移動を使ってみたいと言う方も、是非スキ・フォローをしていただけたら幸いです。よい一日を😌✨

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