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連作掌編その1

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喫茶店の厨房でアルバイトしていた頃のお話です。
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#喫茶店

一枚のハム

カツサンドを調理する時はいつも緊張する。オーダーが入ると軽く憂鬱な気分になる。パンとその間にはさんだ揚げたてのカツを同時に素早く切らないといけないのだけど、うまく行った試しがないのだ。

揚げたてのカツは曲者で、なかなかパンの間で安定しない。それに熱い。切る時に力を入れて押さえすぎてパンに指の跡が残ってしまう。また今日もやってしまったと思う間もなく、無残なそれを見て、もっとさっと切らないと、と主任

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鳴りやまぬ心

ウェイトレスのきれいなお姉さんの一人が、実はわたしと同い年らしいと知って驚いたのは、ここで働き始めて2ヶ月近く経った頃だった。

美琴というどこかクラッシックな響きのある名前を持つ彼女は、名は体を表すという言葉とはかけ離れた、と言ったら失礼だけれど、何というか賑やかな外見をしていた。
今日もいつものようにカンカンカンと気怠くサンダルの踵をタイルの床に響かせながら、特に用があるわけでもなく、わたしの

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