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狐の嫁入り
その店に着いたとき、地味な服を着た三十過ぎらしい女の人は店の前にいてメニュー表を見ていた。トートバックを持っていた。私たちは何となく軽く頭を下げて、先にそのパスタ屋のドアを押した。
カランカランと鈴が鳴った。
店内は、ラジカセからひどい音質の音楽が流れている。昭和から営業している年代ものの店なのだ。
とびきり美味しいときとそうでもないときの落差が激しい味のパスタ屋なのだが、私たちは賭けでもするような気分で、定期的に通っていた。
私たちが食事を終えるころ、その女の人が入ってきた。私は驚いた。今まで迷っていたのだろうか。この店は、料理を作っている主人と、バイトらしいウエイトレスの二人だけで、きりもみしている。つまり、客のオーダーを聞いて、料理が出てくるまで時間がかかるということだ。三十分以上は過ぎている。その間、店の前にいたということだろうか。それともほかの店に行ったが、やっぱりここがいいと思って、戻ってきたのだろうか。
私はその女の人をちらり見た。顔は見えなかったが、女の人のテーブルの上にはティアラが置いてあった。トートバックの中から出したのだろう。
ちょっと不思議な気がしたが、そのまま私たちはドアを押して店を出た。振り仰ぐと、青空が広がって、晴れているのに、雨がぱらぱらと降っていた。狐の嫁入りだと私は思った。
何気なく振り返ると、その女の人はティアラを自分の髪にさしていた。
ああ、やっぱり狐の嫁入りなんだと、何となく私は思った。
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![緒 真坂 itoguchi masaka](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/129786147/profile_8b0cb2ebe27489aa70617ff07ef916d4.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)