上司と部下に必要な4種類の対話について構造的にまとめてみた
Employee Relationsという言葉があります。直訳的に日本語にすると「労使関係」となるのかもしれません。実際には働いている人たちの間に起きる様々な人間関係の問題に対応することを指していて、外資系企業ではこの考え方を戦略的な人事の役割とは別の重要な役割として捉え、EAP(Employee Assistance Program=社員支援プログラム)で職場におけるストレスや様々な不安に応える窓口(企業によってはアウトソース)を置いていたりします。
そうですね、日本企業ではこういうのを「労務」として丸めて捉えているのかもしれません。一般的には労務とは勤怠管理や給与計算などの人に関する事務処理のことを指しているのですが、ひとたびそれが「労務問題」となると従業員同士や上司部下の間のトラブルの話になってきて、場合によっては弁護士が間に入ってくるややこしい話になってきます。
私も人事として、そのような労務問題に多く関わってきました。
問題が起きている当事者の間に入って両者の話を聞くと、その殆どにおいて普段行われているべき対話がちゃんと行われていないから問題が起きていることが分かってきます。
そして、その「行われれるべき対話」は少なくとも4種類あるのかな、と。
図にすると、こんな感じです。
どういうことなのか、もうちょっと詳しく説明しましょう。
目的(パーパス)の対話
一つ目の対話はキャリアに関する対話です。
「上司と部下の間で定期的にキャリアに関する話し合いをしましょう」みたいなことはどこの企業でも言っているのではないかと思いますが、実際にはどのくらい行われているでしょうか。
「あなたのキャリアプランを一緒に作りましょう」
「別にキャリア志向とないし、何かになりたいわけでもないです」
みたいになって、たいしたことも話せないうちにここがおざなりになっていないでしょうか。
ここで話をしないといけないのは、将来に何になりたいか、そのためにどんな能力をつける必要があるか、みたいな話ではないと私は考えています。
もっと根本的な「なぜ働いてるの?」であり、「なぜ、あなたこの会社にいるの?」みたいなところです。いわば働いている目的、パーパスです。
人によってそれは「社会貢献がしたいから」であったり「できるビジネスパーソンになりたいから」であったり「家族を食べさせてゆくため」であったりするでしょう。そこに貴賎はありません。大事なのは、それを話し合ってる者同士が理解し合い尊重するところにあります。
その上で参照しないといけないのは、「どういう会社なのか」でしょう。
その会社の目的(パーパス)が何であるのか、それとそれぞれの目的は全く同じではないにせよ折り合いをつけられるものであるのかどうか、それを確かめるための対話は必要ですし、もし擦り合わせられなかったり目的が違うのであれば、その人は会社を去ったほうが良いのです。
意図(戦略)の対話
二つ目の対話は、一対一の対話ではなく部門やチームのミーティングで行うのが良いと思われます。ここで行われるのは会社や上位部門で決まった方向性に対して具体的にどのようにしていこうかという考え方の擦り合わせです。
盲目的に決まった方針に従うのではなく、まずはそれについての理解を深めるディスカッションになるでしょう。降りてきた戦略や方針にはある程度沿わないといけない前提はあるでしょうけれど、それを実行する先述の段になると課題もあることが多いです。だからチーム内の様々な意見を交換し、課題をどのようにして克服するのが良いのか、あるいは上位部門に掛け合って交渉をする必要があるのかまでを話し合います。
そうやって、降りてきた方針についてコンセンサスが得られてゆきます。
ここでのゴールは方針の理解ですが、そこでお互いの考えを率直に出して、自分の考えと組織の考えの間に折り合いをつけるのがこの対話であり、ここでとても大事になってくるのが心理的安全性です。
例えば、会社の方針として利益率アップのために商品の値上げをすることになり、取引先との値上げ交渉をすることになったとして、営業のチームにそれを言えばブーイングも出るかもしれません。
そこでそれを聞かずに説得や強制をするのではなく、本人たちの考えを受け止めてその上で「なぜそれが必要なのか」や「それをすることでどうなるのか」をちゃんとお互いに理解するのです。
一対一でこれをやるとどうしても説得モードになりやすいので、上司対グループで行い部下側の声の方が大きくしておいて、上司はそれを受け止めて聞くことに専念するぐらいのつもりでバランスとしてちょうど良いでしょう。
特に不満が大きい場合は、ちゃんとそれらの声を受け止めるだけで効果があります。その上でどうしてもやらないといけないとなれば、その旨伝えれば良いのですから。
スタイル(個性)の対話
チームとして取り組んでゆくことについて合意がなされたら、それぞれがどのように取り組んでゆくのかの個別化が行われます。
最近になって注目されてきた1 on 1 ミーティングの真価はここで発揮されます。
ここで話し合われることは、それぞれの個性の尊重です。
たとえチームで同じ目標、同じ方針、戦術を取るとして、具体的な一人一人の行動にはその人なりのやり方や個性は生かされて然るべきです。
そして、上司から部下への関わりも同様に、上司側の個性でありスタイルがあります。
1 on 1 ミーティングで行われるべきは、それの擦り合わせです。
出すべき結果があるとして、上司や他のメンバーがやるのと全く同じ方法やる必要はないはずで、その人の能力や個性を最大限に活かすやり方で行うべきです。
それが何であるのか、そのやり方でできるように上司はいかにサポートをしてゆくのが良いのか、がここでは話し合われます。
1 on 1 ミーティングにおいてとっても大切な考え方は、無論ダイバーシティとインクルージョン(Diversity and Inclusion)でしょう。
お互いが、自分と異なる考え方やスタイルがあることを認め、それを尊重するところから始めます。その一方で、それが本当に結果を出すために必要なのかの検証も必要です。
また1 on 1 ミーティングでは、お互いのコミュニケーションの取り方についての合意もとても重要です。
例えば、進捗状況についてはどのような手段、どのような頻度で行うのがお互いにとってやりやすいのか。これは別のnoteでまとめたコミュニケーション・プロトコールでもあります。
地味なことですが、お互いにとって心地よい仕事の仕方で結果が出せるようにするためには大切です。
行動についての対話
メンバーが活動を開始しているのであれば、その進捗状況を見ながら結果が出る方向に導いてゆく必要が出てくるでしょう。
それがフィードバックです。
進捗状況と結果を一緒に見ながら、それをお互いがどのように見ているのかの意見交換をします。メンバー側からすると上司が状況をどのように見ているのかそのものもフィードバックになります。
また、お互いのものの味方に対する感想や意見もフィードバックになり得るでしょう。
上手く行ってる時には具体的にどこが上手く行っているのかを伝え、そうではない時には修正した方が良いと思われる点を伝えます。そして、行動をどのように変えてゆくとより良い結果になるのかについても。
フィードバックについては、以下のnoteでまとめています。
フィードバックにおいて気をつけないといけないのは、「相手」そのものではなく「相手の行動」についてのフィードバックをすることです。
間違っても「だからお前はダメなんだよ」みたいな人格否定の言葉を使ったり、「このままだと首だぞ」みたいな脅し文句は使わないでくださいね。
一貫性ある対話を心がける
4つの対話を個別に述べてきましたけれど、一人の人に関わるのにそれぞれを別々に機会を設けてやるということではありません。一回のミーティングで複数のものが混じってくることもあるでしょうし、その方が自然だとは思います。
分けることのいいところは、一回あたりのミーティングが短く簡潔でわかりやすくできることでしょうか。
例えば、スタイルのところだけ「今日は例の値上げの件の報告の仕方だけ話したいんだけれど」みたいにして「値上げの進捗状況」についてはその場で話さないとか、ですね。
もうひとつ、大事なのは4つの対話の間に一貫性というか繋がりがあることを認識しておくことだと思います。
相手の目的、考え、そしてスタイル。そこから現れてくる個別の行動のつながりです。
上司である自分の考え方、向き合わせてみてそれぞれに一貫性があるのかどうか、相手との間に擦り合わせと合意が為されているか。そして、それは上位組織や会社の目的や方針から逸脱をしていないだろうか…
まとめると以下のような絵になるでしょう。
冒頭で述べたEmployee Relation問題で人事として社員の間に入る時、上の図の何かが抜けているところがないか、壊れていないかを先ず考えます。例えば、目的のところがまだ話し合われていない、とか。
抜けていたところをちゃんと話し合って、合意できないまでも「そういうことだったのか」と尊重することで問題の解決の方向が見えてきます。
またコーチとしてメンバーに関わる時には、この4つの対話を網羅的に取り入れるようにすると効果的です。
例えば具体的な行動がコーチされる側から出てこない時には、スタイルや意図、目的について一度聞いてから再度行動について聞いてみると、本人から出てくることもしばしばあるでしょう。
さて、ここまで4つの対話についてみてきましたけれど、あなたとあなたの上司、あるいはあなたの部下との対話は今どのようになっているでしょうか。
何か忘れている対話はあるでしょうか。
もう少し擦り合わせが必要な対話はあるでしょうか。
抜けてるかな、足りないかな、と思うところがあったのであれば、「ここ、まだ話してない気がするんだけれど」と話しかけることで、ひょっとしたら相手との関係性も変わるかもしれませんよ。