広告クリエイティブの明るい未来
青山のスパイラルホールで開かれている岡康道展を見にいきました。会場は想像以上の多くの人で溢れています。スパイラルの展示でこんなにたくさんの人が集まっているのを見たことはありません。それほどまでに岡さんに興味がある人、遠くても近くても何らかの関係がある人がいたりするのだと思うと、驚きました。
岡さんは僕の前職ではヒーローのような人です。広告会社の営業から、難度の高いクリエイティブ局への転局試験を突破し、誰もが見たことのある広告を数多く作り出したスーパーCMプランナーでありクリエイティブディレクターです。会社の中で人事異動はいろいろあるけれど、クリエイティブ局への異動は、試験というハードルを超えないと異動できないルールが当時はありました。
今回の展覧会OKA YASUMICHI 1956-2020は、昨年若くしてこの世を去った岡さんの作品、残した言葉、在りし日の写真、岡さんと懇意にされていた多くの人たちの哀悼の文章などで構成された展示会。この展示会を見て、深く考えさせられることが多くありました。
まず、岡康道という稀代のクリエイターが残した足跡にこれほど多くの人が興味を持ったという事実。自分は前職の大先輩だから知っているけれども、広告の世界でクリエイター自身の名前は一般に知られることはありません。もちろん業界の方もたくさん来ていたのも事実だけれど、魅力的な展示構成に仕立て上げたTUGBOATの手腕によるところがとても大きいのだなと思いました。TUGBOATを立ち上げた岡さんの残した大きな功績がこうした形にもなっていることに尊敬して止みません。
TUGBOATは電通から飛び出した優れた4人のクリエイターが作ったクリエイティブブティック。当時、大手広告会社を辞めて、ブティックを作るということは欧米でこそあったものの、日本では恐らくTUGBOATが初めてだと思います。そうした意味では、TUGBOATは日本の広告クリエイターの先陣として道筋をつくり、その道筋に沿って独立したクリエイターや設立されたブティックがたくさんできました。シンガタ、ワンスカイ、PARTY、SIXなど新しい広告のあり方を提案するブティックの起点はTUGBOATだったと言っても過言ではありません。日本の広告クリエイティブを作品だけではなく、経済的・社会的存在意義を作ったという点で岡さんは先見の明があったし、リーダーだったと思います。
電通を辞めて独立した僕にとっても、広告とは?、クリエイティブとは?、社会や生活者とのコミュニケーションとは?を改めて見つめ直すきっかけとなる宝物が散りばめられたような展示でした。そして、会場には意外にも若い人たちが多く来場していて、時代が変わっても広告クリエイティブの本質は変わらない、変えられない、ことを感じることができました。激変する広告の世界において、岡さんの足跡に刺激を受け、次の世界を切り開く新たなクリエイターが生まれていく萌芽を感じることができました。
最後にTUGBOAT時代の岡さんのデスクの写真を引き伸ばした特大パネルを見ていたらトルストイのアンナカレーニナが置いてあったのが印象的でした。岡さんとトルストイ、岡さんとアンナカレーニナ。そこに何があるのか、自分も読んでみなくては。