飛行機の本#6ブラッカムの爆撃機(ロバート・ウェストール)
戦争は国家間のものかもしれないが、戦場で命を賭けるのは常に若者だ。そして、戦争と戦場は別物。若者の都合で戦争が起きたわけではないのに、最前線で死と向き合わなければならないのは若者である。なぜ戦争が起きたのか、なぜそこに自分がいるのかさえ分からないまま、若者は戦場に立たねばならない。ロバート・ウェストールはそのような若者たちの空の戦場を描いた。
ロバート・ウェストール(Robert Atkinson Westall)は、1929年生まれの戦争児童文学で有名な作家。元高校の美術教師で息子のために戦争の話をしたことをきっかけに戦争児童文学を書き出したという。数々の戦争児童文学を執筆し賞をとったが1993年に亡くなった。
私は2冊の「ブラッカムの爆撃機」を持っている。1990年の福武書店版と岩波書店版だ。福武書店版は児童文学BEST CHOICEシリーズで出されたものだ。「チャス・マッギルの幽霊」という短編と組み合わせで作られている。小学校の高学年から中学生くらいまでを対象としていて、漢字にはほどほどに振り仮名がふってあり、読みやすい。岩波版は、宮崎駿さんの書き下ろし「タインマスへの旅」が入っている。
「タインマスへの旅」は、宮崎駿さんがウェストールの故郷を訪ねて「ブッラカムの爆撃機」の周辺取材をしながら妄想をするという旅をオマージュとして漫画で描いたものだ。宮崎駿さんは、ウェストールの作品や生き方に共鳴し、65歳のときにイギリスのタインマスまで旅をする。「ぼくより先を歩いている奴がいる」「いく先にいつも彼がいた」・・・なんという言葉だろう。読んでいて熱くなる。今、私も65歳。人生を旅してきて彼らのあとを追っている自分を感ずる。「ブラッカムの爆撃機」を読んだあとで、この漫画を読む。なんと贅沢なひととき。
「ブラッカムの爆撃機」は、ウエリントン爆撃機の無線士ゲアリーがパブでビールを飲みながの与太話をするというナラティブで展開する。なんで辺境のセント・モーガン空軍基地に自分たち爆撃機チームが追いやられてきたのかを仲間の出会いから話し出す。本当の話なのか戦場の与太話なのかはわからないが、ゲアリーの語りでドイツへの爆撃の日常が生々しく描写される。宮崎駿さんも「タインマスへの旅」の中でこう語っている。「すごい描写力。こんなに爆撃機の空間を捉えた小説ははじめてだ」
「あのウィンピーってやつは・・・みんながウェリントン爆撃機と呼んでるやつだが・・・ありゃ鉄でできてんじゃない。布製なんだ。なけなしのアルミ管の骨組みに布がはってあるだけだ。ま、テントみたいなもんさ。だから強くおせば、いや、ときには強くおさなくたって、指で布をつきやぶって、プロペラ後流の中で指をふることだってできる。だから近くで弾が炸裂でもしてみろ、破片が機体を貫通して・・・そうそう、まるで、横なぐりのにわか雨って感じで・・・・反対側に抜けていくのがみえる。」
「爆撃をかけた次の朝に機のにおいをかいだのははじめてだった。いつもなら、おれたちがお目にかかるまえに、整備員たちが消毒薬をホースでかけて掃除をすることになってるんだ。だが、その朝のS機は、おれたちがきのうでていったときのままのにおいだった。ガソリンのにおい。機銃の火薬のにおい、それよりももっと強いドイツ高射砲の火薬のにおい、へどのにおい、冷たく黒い簡易便器の強烈なにおい、汗ばんだ靴下のひどいにおい、それから心底ぞっとするような恐怖のにおい。これ以上のにおいってのは、ウィンピーが燃えるときくらいのにおいだろう。それも人が中にいるときのな」
ウィンピーというのはビッカース・ウエリントン爆撃機の愛称である。ブルテリアを思い浮かべるブサイクな爆撃機。簡易便器は機長の過激な飛行によってしばしば機内を飛び交うことになる。からの時も入っている時も。主人公や同僚の搭乗員はことあるごとに吐いている。そして、無事飛行場にもどってくると皆で尾輪に小便をひっかける。文句をいいながらもウィンピーを愛している。
「1年前、おれたちはみんな高校三年生だった。マットはパイロット養成のクラスで成績がトップ、キットはナビゲータのクラスでトップ、機種銃座を受け持ついかれポールと、尾部銃座を受け持つビリー・ザ・キッドもこれまたクラスでトップだったということだ。・・・平々凡々ってのはおれひとり。教練を終えたとき、無線士の成績順の名簿の真ん中あたりに名前があったもんな。」
チームの仲間は皆、機長(親父)を除いて10代の若者なのだ。自分たちも敵も高校生くらいの若者たち、戦争の本当の意味なんてわからないまま恐怖を抑えて戦場にたっていたんだろうなと思う。宮崎駿さんの語りでは「爆撃機のクルーの死者は公式でも5万5千名です」・・・。
ビッカース・ウエリントン爆撃機
第二次世界大戦初期のイギリス空軍の爆撃機。1000馬力級のエンジンを2つ積んでおり、金属の編み籠のような骨組みに羽布をはった構造が特徴。頑丈でありながら軽量のためそこそこ対戦初期には活躍ができた。ドイツ本土を最初に爆撃したのもこの爆撃機だった。しかし、羽布貼りという前近代的な構造のため、高高度を飛ぶには機密性がなく、火がつくと手に負えなかった。逆に羽布貼りのため敵の機銃弾が通り抜けてしまうため大きなダメージを受けないということもあった。1万機以上も製造されたが大戦後期は第一線を退き、沿岸哨戒任務などについた。アメリカのマンガ、ポパイに出てくるいつもハンバーガーを食べているおっさんの愛称がウィンピーだ。乗員は6名。
ユンカースJu-88
ドイツ空軍の主力爆撃機として戦前から運用さ、夜間戦闘機や偵察機などにも使われた。当初は、戦闘機よりも早い爆撃機をめざして開発されたがすぐに戦闘機にはかなわなくなった。しかし、大戦後期までドイツ軍の主力爆撃機として1万5千機を超えて生産が続けられた。乗員は2名。
「ブラッカムの爆撃機」
ロバート・ウェストール 作
金原端人 訳
福武書店ベネッセ 1990年
「ブラッカムの爆撃機」
「チャス・マッギルの幽霊」「ぼくをつくったもの」「タインマスへの旅」
ロバート・ウェストール 作
金原端人 訳
宮崎駿 編
岩波書店 2006年