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飛行機の本#9遠い夏の日(セイラ・パターソン)

絶望的な出撃任務をこなすランカスター爆撃機の搭乗員に恋してしまった少女。物語は少女の静かな口調で語りで進められる。もうそれだけでこの先の展開は見えてくる気がする。しかし、大事なのは物語の結末ではない、一瞬一瞬の時の流れなのだ。二人がその一瞬の生を味わったように、読者は文章を味わうことができる。

実はこの本は、私が「飛行機の本」にのめり込むきっかけになった本なのだ。昭和52年の角川文庫。文庫本にカバーがつけて売られるようになった頃の本だ。それまでは、文庫本といえば新潮文庫と角川文庫しかなく、それも古典が主だった。この本を書店で手に取り、ぱらぱらとめくり戦争時のイギリスを舞台としたの物語ということがわかった。それまでもイギリスの冒険小説にはまっていたし、プラモデルの飛行機を作るのが趣味だった私は即購入した。そして貪るように読んだ。当時、まだ大学生だった。就職も大学生活も閉塞感に満ちていた。アパートの天井を見ながら「つまんねえな」とつぶやくような日々を過ごしていた。そんなときにこの本を読んだのだ。

1942年当時、ランカスター爆撃機は連日ドイツへ夜間爆撃をしかけていた。アメリカ軍のB−17は同じく中間爆撃を受け持っており、日夜攻撃をしていた。ドイツ軍も優秀な戦闘機で迎えて死闘を繰り広げていた。敵味方に分かれていても戦うのは10代後半から20代前半の若者たちだ。本文中にこのような描写がある。
「その子の名前を聞き出したのかい」「ジョニーよ。ジョニー・スチュアート」「それで、後方射手だと言ったね」「そうなの」「かわいそうに」
ランカスター爆撃機の後方射手の平均余命が出撃10回と言われていた。少女が爆撃行の後のランカスターを見に行く場面がある。
「銃弾を無数に浴び、胴体は高射砲や機関砲の穴ぼこだらけ、片方のエンジンはめちゃくちゃに絡み合った金属の塊に変わっていました。尾部の機関銃座は大破し、プラスチックのドームが粉々に砕かれています。機内も機関銃の弾丸で縦横に切り裂かれ、見る影もない有様でした。」・・・別のランカスターの描写も続きます。「奥の方にランカスター機がまた一機、これは見たところ損傷はなく、弾痕さえありませんが、尾部のほうへまわると様子が一変しました。尾部の機関銃座がないのですーただぽっかりと穴があいていて、そこに弾薬ベルトと油圧装置のパイプが垂れ下がっているだけでした。」

1941年からのドイツへの爆撃行で米英独ともに数万人の若者が戦死している。ほとんどが17〜8歳から20代の若者たちだ。そのような背景の中での二人の物語を追ってほしい。

驚くことに、この本を書いたセイラ・パターソンは当時14歳だったという。出版、そして日本語に訳されるまで時間がかかっているので、私より少し若い歳だなと思った。どんな娘なんだろう、歴史的背景や爆撃機の細かな描写、恋人たちの心理描写・・・。調べて見ると父親は冒険小説で有名なジャック・ヒギンズだった。映画にもなった「鷲は舞い降りた」のベストセラー作家である。机をならべて執筆したという。

もっとたくさん本を書いてくれるのかと思ったけれど、セイラ・パターソンの本が出ることはその後なかった。どうしたんだろう。


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ランカスターでドイツへ爆撃する物語には「爆撃機」という本がある。スパイ小説で有名なレン・デイトンの大作である。とてつもなく精緻に爆撃行を描いた本である。英ガーディアン紙が「死ぬまでに読むべき必読小説1000冊」に選んでいる。
「爆撃機」
レン・デイトン作
後藤安彦訳
早川書房  


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アブロ・ランカスター
アブロ社が開発したイギリスの大型爆撃機。4基のロールス・ロイス・マリーンエンジンを積んだ戦略爆撃機。ドイツに対する夜間の戦略爆撃で活躍した。
「1942年から1945年にかけてランカスターは156,000回の作戦に従事し、合計で608,612トンの爆弾を投下した。作戦行動中に3,249機が失われ、100回以上の作戦に成功したランカスターは35機に過ぎなかった。」という記録がある。
乗員:は7名(パイロット・航法士・機関士・爆撃手・無線士兼機首銃手・背部銃手・尾部銃手)である。


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アブロ・ランカスターの開発から、その戦いを丁寧に追った本もある。イギリス人の国民性やドイツ人の気質との比較など、じっくりと読みたい本である。戦争は民族性なり国民性をむき出しにさせるから、その本質を見極めるのにいい材料と著者鈴木五郎が記している。
「アブロ・ランカスター爆撃機 ードイツを崩壊させた英空軍機」
鈴木五郎
光人社NF文庫 2006


「遠い夏の日」
セイラ・パターソン 著
吉野美恵子 訳
角川文庫 昭和52年
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