ウツ婚!! パッケージ編


・「見た目問題」?(by MYFACE MYSTYLE)
・私がモテないのは、それは「暗いブス」だからです。(byすべモテ)
・痛いのは困る(by熊谷晋一郎センセイ)



〜「見た目問題」?(by MYFACE MYSTYLE)〜

 自分の身体から逃げたい。太った身体を見るのも触るのも嫌だ。鈍った頭と同じくらい鈍った感覚の身体は思うように動いてくれない。それでも食べていれば、胃と財布の中身が反比例しようと、私の身体は頭から切り離され何も考えずに済む。食べて寝るだけを繰り返していれば私は生きているようで生きなくて済んでいた。コンビニ弁当の残骸と漫画に囲まれ、私の時間はずっと止まったままだった。


 身体を感じなきゃいけない風呂なんて地獄みたいなもんで、鬼に釜茹でされるのはごめんだと知らんぷりしてた。でも本当は気づいてる。風呂≠地獄で風呂=現実だってこと。だからこそ、現実が地獄な私は風呂に入りたくないんだってことを。それに、風呂にはいるとサッパリしてしまうじゃないか。サッパリなんて、この鬱々とした気分にそぐわない。悲劇のヒロインの私がサッパリしちゃうのなんて悔しい。あぁ風呂。ツラすぎる。怖すぎる。でもさすがに結婚がどーの。婚活がどーの。と言う前に、このベタついた身体を洗い流さなくてはならないことくらいはわかってるし、首をくくるよりマシかと腹をくくった。


 洗面所の手前の廊下で服を脱ぐ。洗面所には「鏡」って鬼がいるから。直視したら風呂に入る前にまた食べちゃう。すっぽんぽんになって風呂場に飛び込む。湯気で曇った鏡に背を向けて座り、まずは髪の毛を洗う。久しぶりに洗うからなかなか泡立たないので三度洗い。トリートメントも三回。よし、次は身体だ。「擦らない方がお肌には」という美容界の常識をガン無視してゴシゴシ洗う。お肌にどうののレベルじゃなくて、パン屑とか垢を洗い流す。突き出たお腹を持ち上げて、お腹の裏面もゴシゴシゴシ。足の指も洗えるように持ち上げたお腹を押し潰して屈んだら、爪が凄く伸びていることを発見。風呂から上がったら爪切りだ。鬱のフリーズした頭で何工程もある風呂作業をこなすのは苦行過ぎる。やっぱりここは地獄の一丁目。

 洗顔は輪郭が変わっていることを手で確認してしまうから一番辛い。私は元々小顔で顎のシャープなラインが自慢だった。でも洗顔をすれば実感しちゃう。もう顎なんて消え失せるほど肉が付いているし、しっかり寝て食べているのに肌は荒れていた。だって肌に悪そうなものばかり食べていたし、昼間は寝ていても夜中は起きていたから。そんなブヨブヨザラザラな顔を涙と一緒に洗顔フォームで洗い流して、さぁ、上がったら保湿が大事。ママがハマっているココナッツオイルを顔に塗ってみる。身体にいいって言ってたし。キッチンにあったやつけど多分直に塗ってもいけるはず。お次は爪切男じゃなくて爪切月美。足の指の爪はお腹が邪魔してなかなか切れない。でも寝転がると何とか切れる。ついでに手の爪も黒ずんでいるから全部切った。タイヤで戯れるパンダ、じゃなくて爪切りで奮闘する月美はゴロゴロ転がる。いっそ舌もちょん切ってやろうかチュンチュン。

 私がちょん切ったら雀じゃなくて蛇にピアスだ、と思い直してひと段落。ふぅ。サッパリしてしまうなぁ。私は鬱々と思い悩んでいるはずなのに。サッパリしたこの勢いで化粧をしてみようと調子付いた。もうヴィンテージ感すら溢れる化粧品を久々に取り出し、いざ!化粧!さぁ!鏡よ鏡!!
・・・・・・「力士」だ。鏡の中に力士が居る。濡れたままぐちゃっと結ばれた黒髪が更に力士っぽい。たまらん。やっぱり食べ物を買いに行こう。


相変わらず弟のスウェットで店に行くまでに、サッパリしちゃった私は考えてみた。何を食べるかじゃなくて財布を持った爪のこと。指も太るけど顔やお腹ほどじゃないなって。過食材はスーパーの方が安いからコンビニじゃなくて出来るだけスーパーで買いたい。でもコンビニより少しだけ(50m)遠い。いつも「一秒でも早く過食したい!!」って焦って、その少しに辿り着けない。夜中だと開いていないこともある。でもまだ閉店まで時間はあるしコンビニの食べ物も飽きが来ているから、たまのスーパーに行ってみる。到着すると入口すぐ、食品コーナーの手前に100均があった。サッパリしちゃった私はちょっと考えてみた。「マニキュア塗れば、過食の時間が少しは減る?」

家に帰って塗ってみると、はみ出しまくった透明のマニキュアで手だけは少しマシになったような気がして、久々に「お箸」を使って食べてみた。ずっと手づかみかスプーンだったから。


〜私がモテないのは、それは「暗いブス」だからです。(byすべモテ)〜

こんな私も精神科にお世話になる前は「明るい美人」だった。過食症になってからも人前に出るときは必死のダイエットをして「明るい美人」になってから。そうじゃないと誰とも会わなかった。「暗いブス」な自分は恥ずかしくて情けなくて、どんなに寂しくても菓子パンと戯れて自分を慰めた。でもそんな相棒のおかげでまたむくむくと太るし。食べ物と「あなただけしかいないの!」「あんたのせいで私はこうなっちゃったのよ!」とTHEメンヘラな恋愛模様を繰り広げて早数年。おかげで私は「暗いブス」に。モテるモテない以前に土俵に上がれないほど臆病な暗さだった。どすこい。


土俵入りを拒み続けてきた私だが、己の力士ポテンシャルを自覚したのはこれが初めてじゃない。臆病な自分が嫌で、ある日謎な決意をして自転車の旅に出たことがある。「ユースホステルを泊まり歩きながら日本を一周してみよう!何かが変わるかも知れない!少なくとも痩せるはず!」。私はチャリにまたがり「やっぱ海でしょ」と湘南とか目指しながら頑張って漕いだ。超疲れた。知らない土地で知らない人との出会いとか期待していた。無かった。端から見ればデブがチャリ漕いでいるだけだし。結局、鎌倉の辺りにあるユースホステルまでは行った。我ながら努力はするのに方向性が間違っている。しかし私はそのとき衝撃の経験をする。

ユースホステルでは管理人のおばちゃんが風呂の時間を決め、私は他の人の迷惑にならないように風呂に入らなきゃいけないし(二段ベッドだから一日中チャリを漕いでいたデブと寝たくないだろうなって)、時間も守らなきゃいけなかった。さっさと結論を言うと、焦って入ったそこの風呂の鏡には「曇り防止加工」が施されていたのだ。私はずーっと避けて通っていた自分の姿を、一糸まとわぬ形で見た。「力士」がそこには居た。体型はもちろんのこと、ザンバラ髪と伸び放題の眉毛。うっすらではなくしっかりと生えた体毛。不機嫌だから眉間によった皺まで。力士そのものだった。私はあまりの衝撃にユースホステルの醍醐味である「みんなで晩ご飯」をキャンセルして海辺に行ってタバコを吸いながら空腹を紛らわした。「人って太りすぎると大体同じような姿に集約されていくのだな」とネガティブな感情を通り越して感慨深かったのを覚えている。


翌日は鎌倉駅の駅員に「自転車は脱輪しないと列車には乗せられません」と言われて江ノ島線を睨みながら、必死に来た道をまたチャリこいで実家に帰って寝た。勇気を出せば正しいって訳じゃないことと、努力の方向性は鎌倉じゃないってことだけはよく分かった。適切な方向に勇気を出さなくては。つまり「婚活」である。しかし私は「ブス」だ。もうちょっと細かく言うと「汚い不美人」である。これはモテない。モテないと婚活が上手くいかない。



〜痛いのは困る(by熊谷晋一郎センセイ)〜

閑話休題。

それなりに風呂に入り両親との夕食を共にするようになった私を、ママは単純に喜び、父親は怪訝そうにするだけで無言だった。両親との食事は苦痛だけれど肌には良さそうだったから我慢した。節約にもなった。パックという女子力アイテムを使えば、ザラブツの肌も触らず鏡も見ずに保湿ができるというメンヘラ大発明もした。ママは昼ご飯も作って置いておいてくれるようになり、三食「ママの手料理」を食べて合間にちょこちょこ過食した。


お風呂とパックはなるべくするようになったけど、次はまともな服がない。でも私には姉がいる。エリートの姉はNYに飛ばされその次はワシントンD.C.に飛ばされている最中だった。姉は出世に比例して体型もアメリカンサイズになっていて、お下がりのアルマーニのワンピースとかを「バカンスでメキシコに行ったの♪」と書かれたポストカードと共に空輸してくれる、我が姉じゃなかったら確実にdisってる、いい感じに嫌みなバリキャリだ。デブ無職メンヘラにアルマーニはなかなかシュールだったけど、それしかおべべがないからそれを着た。弟の服は部屋着にしたので、ようやく「部屋着」と「外着」が出来た。


しかし後から「オサレってモテない」ということも知る。オサレな女って強そうで複雑そうで手に負えなそうって思われるらしい。オサレな姉は私より結婚が遅かったし。できちゃった結婚だし。そして親友は「「オサレはモテない」かもしれないけれど、少なくとも「オサレで無い」よりはモテる」と言う。私は姉と親友の意見を検討して、男ウケに対して悟りを開くべく仏陀の「中道」を採用することにした。現代語に訳すと「無難」である。そのため私は婚活中にずーっといまいちイケてないモノトーンのコンサバワンピースだけを着て過ごした。だから今でも実家には3XL~Mまで全てのサイズの白黒ワンピが揃っている。またいつ太るか怖くて捨てられないでいたけれど、最近マタニティで3XLを着た!メンヘラに断捨離は向いていない。ミニマリストにならなくて良かった。


同じ理由で「派手な美人」がモテないこともわかった。そりゃクルーザーパーティーとか西麻布の会員制レストランとかではモテるけど、婚活には向いてない。私は「暗いブス」のままだが、勇気を出して風呂とか入ったし。両親とご飯食べたし。臆病な自分が嫌で嫌で、どうにか「おとなしいブス」辺りを目指そうと決めた。そして「汚い不美人」はやめて「清潔な不細工」であろうと、胸を張るようにした。そんなポーズをしてみると、何だかちょっとだけ勇気が出た。更に清潔にはなっても垢抜けない私は産毛剃りもしてみた。垢抜けなさは残ったけどムダ毛は残さなかった。そして過食でボロボロになった歯も磨くようにして、精神科の次は歯医者に通い始めた。美容室は目の前が鏡だからハードルが高いが、歯医者は顔にガーゼタオルを掛けてくれるから少しは気が楽だった。



こうして、私は婚活すると決めた日から時々は寝込みながらも突っ走り続けた。過活動スイッチも入っていたのだろうが、それよりも自分という怪物から一刻も早く逃げ出したかったのだ。それで風呂に入って鏡を見てから、怒涛の勢いで自分のパッケージをメンテナンスしまくった。だって痛い。痛くて痛くてじっとしてはいられない。いちいち「太った」「肌が荒れた」「私ってもっと美人だったはず」その他多くのツライ気持ちは「死にたい」に集約されて湧き上がってくる。どの瞬間も死にたかったしどんな場面でもツラかった。嫌だったし怖かったし不安だった。それはもう感情というよりも「痛い」という身体感覚に近い。それでも私は婚活しなくちゃ生きてもいられないのだろうなってマジで思った。


 私は白黒思考だから、0か100しかなくて動き続けたのだろう。でももっと言えば、まだ一人でジタバタと動きまくっているだけで誰とも関係性を紡いでいない私は、移動型の引きこもりに変わっただけだったのかもしれない。しかし動かずにはいられない。最高値の時間はあとちょっと。危機感と恐怖が襲ってくる。でも感情は勝手に湧いてくるものだ。そんなんに構っていたら足が止まる。だから私は強迫的に男ウケする化粧や服装を勉強し続けた。ずーっと時間を止めて朝が私を連れていかないようにしていたつもりだったけど。明けない夜は最高の夜だって、ツラくて怖くてヒリヒリしながら思い続けていたけれど。壊れて泣いたって朝はまた来るって観念したのかもしれない。


そうやって私は、何とか自分を「綺麗なジャイアン」、、、じゃなくて「おとなしいブス」まで持って行き、「ブスが化粧すると「化粧したブス」なんだな」とか呟きながら、お外に出る回数を精神科と歯医者とコンビニと。少しずつ増やしていった。



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