受け継がれたポーズ
母がまた、頭を抱えて床に転がっている。ヨガのポーズか?
冷蔵庫の前で倒れたかと思いきや、笑いながら起き上がる母のことを不思議に思っていた。
当時、中学生だった私は、週2回ほどお弁当作りをお願いしていた。
母の作るお弁当はユニークだった。蓋を開けると、ご飯の上には、オクラを使って書かれた「ホテル」の文字。「ホテルオークラのお弁当やで」とメモ書きが入っていた。いわゆるキャラ弁とは一味違う、個性的な見た目のものが多かった。
育ち盛りは食欲旺盛。学校から帰宅する頃には、いつもお腹がペコペコだった。晩御飯を食べた後も、夜食を求めて冷蔵庫をあさり、タッパーに小分けにされているおかずを見つけると喜んで食べていた。
「なんでもいいからお弁当作って!」
女手一つで育ててくれた母の苦労を、理解できていなかった私は、よく急なお願いをした。
「もう少し前に言うてくれんと、なんも具材ないで」
「なんでもいいって言うてるやん!」
無茶苦茶だったと思う。
結局お弁当は、1段目は全て抹茶の外郎。2段目はいちごの詰め合わせになった。外郎の切り方は不揃い。ブロッコリー、ピーマン、キュウリに見立てたそうだ。困りに困った気持ちがにじみでていた。
そんな私も、母になった。毎日ご飯を作るということが、どれほどに大変なことか、どれほどの愛情と時間が必要なことか。今になって、わかりはじめている。
まだ2歳と6歳の子どもたちだが、食欲は凄まじい。お弁当用にと多めに作り、タッパーに入れていたおかずは、前夜に完食。寝かしつけを終えてから買い物に行っていては、スーパーが閉まってしまう。でも、「おいしい!」と言いながら笑顔で頬張ってくれる嬉しさったらないのだ。
あー明日のお弁当どうしよう、と、冷蔵庫のドアを閉め、頭を抱えて床に転がった。
ふと、ヨガのポーズだと思っていた母の姿勢を思い出す。そうか、母もこんな気持ちでいたのか。自分が親になって初めて知る親心。「そのおかず、お弁当のために残しておいたのに」と口にすると、食べ盛りの子どもが遠慮をしてしまうかもしれない。私の成長のために、言わないでいてくれたのだ。
まだまだこれから成長期に入っていく子どもたち。この先どれだけ頭を抱えさせられるのだろう。どれだけの愛情と時間を注いでいくのだろう。考えるだけで楽しくて、笑えてくる。
床から起き上がり、キッチンに立つ。いつか子どもたちが、このポーズをとるようになる日まで。