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22歳、潰瘍性大腸炎発覚から「なんとかなる」と思えるまでの気持ちの変化をサラッと振り返り
シカのフンのようなコロコロうんちが続いていた。
そして排便のたび、血がぽたっと落ちた。
そのうち治るだろ、と思っていたが、なかなか治らない。
どのくらい経った頃だったか、いっこうに改善する兆しがなく、さすがに不安になり母に打ち明けると、
「どうしてもっと早く言わないの。すぐ診てもらわないと」
ということで、速攻かかりつけ医のところへ行った。
もらったのは、痔の薬だった。
「あ、なんかテレビで見たことある形の薬だ」
とのん気なことを思った。
その注入軟膏をしばらく使ってみたが、一向に良くならない。
なんでだろ?
この薬では効かないのかな?
で、再びかかりつけ医に行った。
「一度検査してみようか」
先生に言われた。
その時、どう感じたのかはあまり覚えていない。
確実なのは、重大なこととは全く思っていなかったことだ。
これが私の初めての大腸検査。
この時、わたくし、22歳。独身。
なにこの恥ずかしい検査っ!と思った。
今や、お尻に管を突っ込まれたまま医師と雑談する余裕すらあるが、この時は初めてのことばかり、しかも恥ずかしくて、余裕など皆無だった。
検査の結果は、潰瘍性大腸炎だった。
聞いたことがない病気だった。
先生が潰瘍性大腸炎という病気について説明してくれたが、
「今のところ完治というのはなくて一生付き合っていかなければならない病気」
というフレーズにショックが大きすぎて目の前に白いもやがかかり、先生の声は遠くに聞こえた。
それでもちゃんと聞かなきゃと思い、一生懸命先生の説明に耳を傾けた。
・今のところ完治というのはない
・一生付き合っていかなければならない病気
・難病指定されている
・薬を飲み続けなければならない
・いい時と悪い時を繰り返す
・調べるとがんになるリスクが高いと書いてあるがそんなに心配しなくてもよい
・食事も普通に食べて良いが、刺激の強いものは良くない
というようなことを言っていたと思う。
まったくの想定外だった。
治らないというのは、想定してなかった。
まさか。
病気とかケガとか、今まで全部治ってきたじゃん。
今回も治ると思っていたのに。
治らないだと?
難病だと?
一生だと?
私まだ22歳なんですけど?
人間あまりにショックなことが起こると、目の前が真っ暗になるのではなくて、白くなるんだ、目の前で話している人の声が遠くで聞こえるんだ、ということを知った。
一緒に先生の説明を聞いていた母もショックだったと思うが、帰宅後、
「原因もわかったし、薬さえ飲んでたら大丈夫みたいだし、まあよかったよね」
と安心させようとしてくれたが、気持ちはまったく追いついていなかった。
だけど母の気持ちは伝わっていたので、母の前では「まあ、そうだね」と平気なフリをし、あとで自分の部屋でひとり泣いた。
ひとしきり泣いて数日後。
これから私はどうすればいいのだろう。
どう気持ちを立て直せばいいのだろう。
この頃はまだ、インターネットで検索する、ということは私にとって身近なことではなかった。
わからないことは人に聞くか、本で調べるものだったので、私は本屋さんへ行った。
病気の本や、大腸にいいレシピ本などを買うという発想はまったくなく。
哲学の本と心理学の本を買った。
まずは不治の病にかかってしまった場合、どう心を落ち着かせればいいのか、どういう心持ちでいればいいのかが知りたかった。
結局、それらの本はつまらなくてあまり読まなかったのだけど。
それから、「潰瘍性大腸炎」を漢字で書けるように練習した。
自分の病気くらい漢字で書けないとダサいだろ、と思ったからだ。
変なとこにこだわってんな、という感じだが、病気と付き合っていく覚悟をし始めたからなんだろうな、と今となっては思う。
先生に処方してもらった潰瘍性大腸炎の薬を飲み始めたら、次第に治っていった。
出血も治まり、便もシカのフンからバナナうんちに戻った。
効果てきめんだった。
安心した。
幸い軽症だったので、薬を飲み続けていれば、いつもどおりの生活ができるんだな、という手応えを感じた。
しかし、だ。
やはり「不治の病」を抱えている、というのは心に少しおもりがあって。
薬は毎日飲み続けないといけないわけで。
この体で私は結婚できるのだろうか。
子どもを産めるのだろうか。
そんなことを思っていた。
当時付き合っていた彼は、
「原因と対処法がわかって良かったよね」
と言って安心させてくれたとても素敵な彼だったのに。
そんな時、職場の先輩が何気ない会話の中でふと言った。
「花粉症は一生治らないからなぁ」
と。
そのひと言は魔法の言葉だった。
一気に体が軽くなった。
そっか。
花粉症も不治の病じゃん。
一緒じゃん。
いや、なんなら花粉症の方がしんどいかも。
と。
不治の病だからってそこまで深刻にならなくていいんだ。
薬さえ飲んでいれば普通に生活できるのだから。
それでようやく、悲劇の主人公から脱することができた。
渦中にいるとわからないが、ふとしたことがきっかけで冷静になることができ視野が広がる。
世の中もっともっと大変な人たちがいることを思い出す。
そうして、私は自分の病気を受け入れた。
この後、先生の言ったとおり、いい時と悪い時を繰り返していくのだが、幸い、私はずっと軽症なので、20数年公務員を続けることができたし、結婚も出産もできた。
上出来である。