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なぐさめでも同情でもない温かさ:読書感想文「一汁一菜でよいという提案(土井善晴 著/新潮文庫)」

「一汁一菜でよいという提案(土井善晴 著/新潮文庫)」を読んだ。面白かった。毎日家庭でつくる料理のあり方を丁寧にほどいて、こういうふうに料理したらいいことあるよ、とやさしく諭してくれる本だった。

こういう煌めいた出会いがあるから、読書はやめられない!




著者の土井善晴さんは料理研究家だ。フランス料理と日本料理に造詣が深いそうだ。「おかずのクッキング」や「きょうの料理」などの料理番組で、その朗らかな人柄に親しみを覚える人も多いと思う。

この本は2016年に出版され、主婦のみなさんを中心に当時かなりの反響を呼び「この本を読んだおかげで、家庭料理のプレッシャーが減った」という声が多く挙がったという。この内容を知る人も多いかもしれない。ただ一応概要を書いておく。

「一汁一菜でよいという提案」というタイトルがこの本の主旨を的確に表している。「一汁一菜」とは家族に出す料理の品揃えのことで、「ごはん+おみそ汁+お漬物(orその他おかず)」の組み合わせのこと。「よい」というのは後で説明するとして、「提案」は著者の土井さんが読者に対して取っている姿勢を表している。「このやり方がOK」「これはNG」という書きぶりをよく見かける料理本の中で、この本はあくまで「こういう考えかたも、ええと思うんです」という押し付けがましくない「提案」の体を取っている。ちょっとした、書き物の工夫と言ってしまえばそうなのかもしれないけど、この文体から滲み出る土井さんの人柄に惹き込まれた方も多いと思う。

ただ、この本を読むときには注意が必要だ。

「一汁一菜でよい」という土井さんの言葉は「毎日の家庭料理は味噌汁とご飯とお漬物を出せば足りるからOK」という、耳障りのいい救いの言葉ではない。「肩の力を抜いていいんだよ」という側面も確かに含んでいる言葉ではあるが、土井さんからのメッセージは、もっともっと慈愛にあふれたものだ。僕は彼からのメッセージを次のように解釈した。

「毎日の家庭料理は味噌汁とご飯とお漬け物でよいから、家族の心と身体を豊かにするために、また、自分の心身をととのえるために、料理をしたらええと思うんです

この本には「みそ汁とはなにか」「料理とはなにか」「よいとはなにか」の3つの哲学の過程が、土井さんの優しい言葉で綴られている。日本に独特のものであり、長い歴史の中で庶民の食卓で親しまれてきた味噌と麹菌(こうじきん)。子どもが喜ぶ姿を想像して、また子どもの体が健康になることを祈って営まれる、家庭料理という行為。そして、食材を選別し、安全のために加熱するなど料理が「生きるための行い」であるという当たり前のことを実感することで、料理をする人間の心が「今日を生きよう」という方向に整うという”修身”のはたらき。土井さんはこれらの考え方にもとづいて、料理はこうあるべきと説くのではなく

「料理はこういうええトコがたくさんあって、しかも日本人の私たちはむかーしからずっとこれをやってきたから、これでええと思うんです。」と諭してくれる。

土井さんは新しいアイデアではなく、私たち庶民の暮らしの中にずっとあった、誇らしくて温かな「料理の素晴らしさ」に気付かせてくれたのだ。

この本は、料理が面倒だと思っている人には、最高の1冊だと思う。この本は頑張れとは言わない。冷蔵庫のあまった具材を適度に加熱して、お湯にみそを溶かせばそれが味噌汁。お椀にご飯をのせて、漬物を小鉢にいれて、それをお盆にのせれば立派な「一汁一菜」。これでよい。このお盆の中に、家庭料理のいいところがぜんぶ詰め込まれている。これでええと思うんです、と声が聞こえる。

きっと、あなたの生活が温かくなる。そんな一冊です。

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