【連載小説】「好きが言えない3 ~凸凹コンビの物語~」#8 センパイ
これまでのあらすじ
大津理人は同じ野球部員の三浦に「ツルヤ書房」に呼び出される。
何かある、と思いつつも呼び出しに応じたが、三浦は現れなかった。
代わりにやってきたのは、弟を連れ立った部長の野上だった。
大津は犯人扱いされる、と思い、とっさに逃げてしまう。
が、悪いことをしていないのに逃げたことを後悔し、本屋に引き返す。
8
「あっ……」
本屋の前まで戻ってくると、店先でしゃがみこんでいる人に気づき思わず声を上げた。
その瞬間、目が合う。
「よう」
声を掛けられ、おれはまるでライオンに睨まれた小鹿のように身動きが取れなくなった。
「ライオン」が立ち上がってこちらに近づいてくる。
「やっぱり戻ってきたな」
おれはうつむいたまま、しばらくの間黙っていた。
いろいろ言ってやろうと心に決めたけど、こんなすぐにその機会がやってくるなんて。
いつの間にか日が傾き、辺り一面がオレンジ色の夕日に照らされる。
二つの影が、道に長く伸びている。
やがて、近くの街灯が点いた。
それを合図に、おれはようやく口を開く。
「なんでここにいるんっすか、野上センパイ」
「なんでって……お前に用があるから。
自転車がおきっぱだったから、ここで待ってりゃ戻ると思ってな。
あー、弟は先に帰したから、長話になっても大丈夫」
「話って……。説教するんですか?」
「は……?」
おれの問いにセンパイはぽかんと口を開けた。
「違う違う。……っていうか、やっぱり大津もはめられたんだな」
「えっ……」
今度はおれが口を開けた。センパイが言う。
「弟に確認したよ。大津は犯人じゃない。一瞬でも疑って悪かった」
それを聞いて、ふーっと長く息を吐きだす。
そうか。疑いは晴れたのか。
ほっとしていると、先輩が缶ジュースを差し出した。
「これ飲みながら、少し話そう。時間ある?」
*
おれたちは近くの児童公園のベンチに腰掛けた。
恋人同士なら様になっただろうに、と思ったけれど、誰もこちらのことなど見てはいないと気づいて開き直った。
センパイが話を切り出す。
「おれ、三浦に呼び出されたんだ。
例の犯人を知ってるから、放課後、ツルヤ書房に来てほしいって」
「えっ、センパイも?」
「ああ。
でも、三浦がわざわざそこを指定したのが引っかかってな。
本屋は家から近いから、先に帰ってた弟を引っ張り出して一緒に行ったってわけ。
そうしたら、三浦じゃなくて大津がいた、と。
……なぁ、どうして逃げたんだ? おまえは犯人じゃないのに」
センパイの質問におれは苦笑いする。
「だって、センパイの顔が怖かったから」
「原因はおれかよ?!」
「いや、真面目な話、センパイ、おれのこと一瞬でも犯人だと思ったっしょ。
それでおれも怖くなって……」
「あー、そりゃ悪かったよ。うん、このジュースで勘弁してくれ」
「仕方ないなぁ。わかりましたよ」
そう返事をして缶ジュースに口をつける。
ぬるくなったそれは甘ったるかったが、妙に体に染み渡った。
「犯人はやっぱ、三浦なんですかね?」
「おれはそう思ってる。
でもこっちから名指しはしたくない。
本人が自首してくれるのを待つよ、おれは」
「しますかねぇ。あの三浦が」
おれの言葉にセンパイは答えなかった。
少しの間、沈黙の時が流れる。
「そうそう、おれ、センパイに言いたいことがあるんっす」
犯人の疑いが晴れたところで、本来言おうとしていたことをこの際言ってしまおうと決める。
センパイの顔がおれに向くのを待って話し出す。
「センパイ。ちゃんと部長やってください。
指導力、発揮してください。
なんて言うか、頼りないって思ってます。
それにセンパイはいつも言うでしょ。
バッテリーのことだからおれは関係ないって。二人に任せたって。
それが嫌なんだよなぁ」
いつものおれの口調でズバッと言ってしまった。
ますます嫌われたかもしれない。
そう思ったが、センパイは静かに話を聞いてくれた。
「大津が自分の気持ちを伝えてくれてよかったよ。
やっぱり、メンバーの気持ちを理解できてなかったんだってわかったから」
「怒らないんですか?」
「怒る必要なんてないだろう? それが事実なんだから。
……実はおれ、永江先輩に相談したんだ」
懐かしい人物の名前を聞き、野上センパイも悩んでいたのだと知る。
センパイは続ける。
「おれは永江先輩みたいになりたかった。
あの人はおれの理想の部長だった。
でも、なれない。
当たり前だ。だって、おれは永江先輩じゃないんだから。
先輩に相談して、やっとわかった。
おれはおれらしく、おれのやり方でやればよかったんだって」
「センパイのやり方? 聞きたいなぁ」
興味を示すとセンパイはうれしそうに笑った。
「全員にライバルとなる相手と組んでもらう。
互いを刺激し合って上を目指すんだ。
んで、努力を怠ったやつにはペナルティーを科す。
おれは、鬼部長になる」
「お、鬼部長? センパイが?!」
あまりにも真剣な顔で言うのでおれは大笑いしてしまった。
笑われたセンパイは不満そうに頬を膨らませている。
「なんで笑うんだよっ……」
「だって無理でしょ。
センパイ、自分の性格わかってます?
センパイは鬼にはなれないですよ。
優しすぎるから」
「…………」
「だからみんな甘えてるんです。
自由に練習させるのが優しさ、って思ってるかもしれないけど、それじゃ誰もついてこない。ただ甘えるだけ。
それに、練習のメニューもろくに作ってくれないんじゃ、誰もやる気でなくて当然です。
なのにセンパイは陰でしっかり練習してるでしょ?
もうね、センパイの考えがブレすぎててついて行けないんですよ」
「…………」
「部長が頑張ってる姿をみたら周りはサボれない。
嫌でもやりますよ。
永江センパイもそうだったじゃないですか。
あの人はいつだって、みんなの前でバットを振ってました」
「そうだったな……」
いつの間にか、「ライオン」と「子鹿」の関係が逆転していることに気づく。
おれはセンパイが小さくなっているのをいいことに追撃する。
「それと、センパイはピッチャーに向いてない。
元の通り、ライトに戻るべきです」
「うっ……」
「本当は気づいてるんでしょ?
ピッチャーは違うなって。
花形のポジションはやっぱり誰でも一度はやってみたいもんです。
でも、絶対に向き不向きはある。
おれも中学の時ピッチャーやったことありますけど、あのプレッシャーには耐えらんなかったもんなぁ。
だから、そういう意味では本郷センパイのこと、尊敬してるんっす。
……あ、こんなこと、野上センパイの前で言うんじゃなかったかな?」
「……もういいよ。
全部、当たってる。
大津が言ってくれたことで、はっきりとわかったよ」
「優しい」センパイは、おれの本音をまるごと受け止めてくれたようだ。
目を閉じて何度もうなずき、最後に大きく息を吐き出した。
【続きはこちら → #9 部長らしく】
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