【連載小説】「好きが言えない3 ~凸凹コンビの物語~」#11 ハヤト
ここまでのあらすじ
犯人扱いされることを恐れた大津は一度逃げたが、真実を話そうと本屋に戻る。
そこで部長の野上と再会する。
犯人の容疑が晴れた大津は、野上に「部長らしく」振る舞うよう意見する。
その、物怖じしない態度と発言力を買われ、二人は部活に活気を取り戻すため協力することになった。
11
家に帰るとおれは真っ先にハヤトの部屋に向かった。
ハヤトは突然ドアを開けられて嫌そうな顔でこちらを見ている。
「用事があるときはノックくらいしてほしいもんだな」
「センパイに会ったんだって? 全く、余計なこと話してないだろうな?」
おれの問いにハヤトは「あぁ……」と声を漏らした。
「野球部の部長さんのことなら、確かに会ったよ。
理人と間違えたみたいだったから、ぼくは双子の兄だと訂正しておいた。
何も余計なことなんて話しちゃいない」
「なら、いいけど……」
「すごくいい人そうにみえたけどな。
なあ、どうして最近の理人は部活をサボりがちなんだ?
あの人が部長なら、僕も野球してみたいと思ったほどだよ」
ハヤトが「野球をしてみたい」と口にしたことが意外だった。
そして同時に、あのセンパイがそんなオーラを放っていたとしたら、なぜ何人もの人間が部を去って行ったのかと考える。
「……いい人過ぎるんだ、あの人は。責任も背負いすぎ」
そう。
悩んでいるのに、格好つけて一人で解決しようと躍起になっていた。
さっさとおれに相談してくれたら、さっきみたいにダメ出ししてやったのに。
「分析できているんなら、理人がサポートしてあげたらいいじゃん」
ハヤトがさも当たり前のように言った。
「もうしてるし」
「そうか。年上にも意見が言えるのはおまえの強みだよな。
でもさ、理人は押しが強すぎるから、あまりいじめるなよ?」
「ふん、おれが言ったくらいで折れちまうような人なら、そもそも部長になんか任命されてねーだろうよ」
「へぇ」
「……なんだよ」
「案外信頼してるんだなと思って。
部活もサボりがちだし、てっきり心底嫌っているのかと思ってた。
野球熱も冷めたものだと」
「…………! わかったような口を利くな!」
かっとなってハヤトの胸ぐらをつかむ。
ひるむハヤトにたたみかける。
「おれは……おれにはなぁ!
野球しかねぇんだよ!
だからもう一度甲子園に行って、今度こそでかいホームランを放つ。
ばあちゃんにも見てもらうって決めてんだ!」
「……それなら、ばあちゃんも安心するな。
おまえが野球をやめちゃうんじゃないかって、気にしてたから」
「えっ……?」
思いがけない言葉を聞き、つかんでいた手を離す。
ハヤトはすぐにおれの手を振り払った。
「おまえが置き去りにしてるミットを、ばあちゃんは毎日磨いてくれてるんだぜ?
気づいてなかっただろうけど」
「…………」
「おまえがばあちゃんのことを心配するように、ばあちゃんもおまえのことを気にかけてる。
だから、一日でも早く野球に戻れ。
ばあちゃんのためにも」
「いつからミットを……?」
「認知症とわかってからかな。
……ばあちゃんは僕よりも、野球で活躍する理人の方が好きなんだ、多分。
……昨日、理人にあんなふうに言ってしまったのは僕の嫉妬心から出た言葉。
今となっては、悪いことを言ったと反省してる。
だからって訳じゃないけど、ぼくなりに考えたんだ。
認知症のばあちゃんのために、ぼくに出来ることはないだろうかって」
「あっ、もしかしてそれで……?」
おれの言葉にハヤトは「そう、散歩」と答えた。
「本に、認知症には運動がいいって書いてあったんだ。
発症してから効果があるかはわからないけど、やってみる価値はあるかもしれないと思ってね。
嫉妬してすねてるだけじゃ、格好悪いからな」
「ハヤト……」
「ぼくは家でばあちゃんをサポートする。
理人は野球でばあちゃんを喜ばせる。
それぞれが得意なことでばあちゃんを支えていこう」
「……たまにはいいこと言うじゃん」
「たまには言ったっていいだろう?」
ハヤトはしたり顔をした。
良くも悪くもおれたちは影響し合っているんだと感じた。
そして、そろってばあちゃんっ子だなって。
「おれ、明日から部活出るから帰るの、遅くなると思う。
ばあちゃんのこと、頼むわ」
「OK。そっちも頑張れよ」
こんなふうに言葉を交わしたのはいつぶりだろう。
いつもいがみ合っていて、ずっと「消えてほしい」と思っていた存在なのに、今はなぜか「いてくれてよかった」と思っている。
たぶん野上センパイのせいだ。
年上のセンパイに頼りにされ、おれの「存在」を、おれ自身が感じているせいに違いなかった。
おれは階下に行き、テレビを見ているばあちゃんに声をかける。
「ばあちゃん、ミットの管理してくれてありがとう。
明日から真面目に練習出るから」
しかしばあちゃんは首をかしげ、
「ミット? なんのことかしらねぇ?」
と言った。
とぼけていると言うよりは、本当に何も知らない様子だった。
ハヤトが嘘をついていると思いたくはなかった。
ばあちゃんの頭の中には確かにおれが野球人だという記憶が存在している。
それが刻一刻と消えて言ってると思うとやるせなかった。
病気を治したい。
ならばハヤトの言うとおり、おれはおれにできることを、野球しかないなら野球をするしかない。
たとえそれが病気の進行に何ら影響を及ぼさないとしても。
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