【連載小説】「好きが言えない3 ~凸凹コンビの物語~」#7 陰謀
ここまでのあらすじ
大津理人(おおつりひと)は、大好きな祖母に双子の兄の名で呼ばれるようになりイライラしていた。
部長が嫌いでこのごろは部活動も休みがち。
自分が何をしたいのかもわからなくなっていた。
認知症の祖母のことで兄のハヤトと喧嘩になるが、その喧嘩を止めたのは祖母の一言だった。
7
認知症の治療法はない。
できるのは認知機能の低下を遅らせるだけ。
付き添いで病院に行った際、医師からそう聞いた時にはショックを受けた。
処方された薬を飲んでも治るわけではなく、効果も人それぞれだというから、のむ意味、あるんだろうかとさえ思った。
――お前に何ができる?
ハヤトが言ったことは正論だった。
だからこそ嫌になる。
情のかけらもないように感じられるからだ。
おれにできることはほとんどないかもしれない。
だけどもし、おれがデカいことをすれば……。
例えば甲子園で、今度こそホームランを打ったりすれば、脳が刺激されて記憶力も回復するんじゃないか……。
そんな夢想をするのだ。
今はひどいありさまだけど、K高野球部は昨年、甲子園出場を果たしている。
永江部長時代もそうだったように、直前でもしっかり練習に打ち込めばいい成績を残すことも難しくないと思っている。
そう。
要は部長の采配次第ってこと。
ただ、今の野上センパイじゃ、到底無理。
本郷センパイも春山センパイも熱血系じゃないからダメ。
ならおれが、ひとこと言ってやるしかない。
入部当初から野上センパイを嫌ってるおれしか、きっと言えない。
意を決し、今日は部に顔を出すと連絡するためスマホを取り出す。
すると部内メールが一件届いていた。
いや、よく見ると、おれ個人あてになっている。
嫌な予感を抱きながら開封する。
『ツルヤ書房にて待つ』
差出人は三浦(おれと同じく「犯人扱い」されている人間の一人)だった。
ツルヤ書房というのは、自宅から自転車で10分程のところにある昔ながらの本屋の名前だ。
レジが店の奥にあるうえ、監視カメラもないから店先の本は読み放題。
そのせいか、小さい本屋なのに割と有名だったりする。
おれも小学生の頃はわざわざそこへ行き、新刊の漫画本を立ち読みしていたほどだ。
そこにおれを呼び出して一体どうするつもりなんだ……?
野上センパイが部長になってからというもの、三浦は部活をサボりがちだ。
まぁ、それはおれと一緒なんだけど、あいつの場合学校に来ていない日もあるらしい。
最近、あいつの様子はおかしい。
おれと目が合うと、にやりと笑うんだ。ヤバイって思ってる。
なにかある……。
そう思うからこそ、三浦の誘いに乗ってみるのはありかもしれない。
おれの方も鬱憤が溜まっている。
何かあればその時はひと暴れしてやればいい。
野上センパイに物申すのは一日伸ばすことにして、おれはツルヤ書房に足を向けた。
*
人気の少ない通り。
本屋の前には誰もいなかった。
奥ものぞいてみたが、三浦らしき人影はない。
呼び出しておきながら人を待たせるとは。
まったく、あいつらしい。
おれは本屋の前で立ち読みしたり、うろうろしたりしながら三浦を待った。
しかし30分経っても三浦は現れなかった。
すっぽかされた。
おれは待つのをやめ、帰ろうとした。
その時だ。
「大津……」
おれの前に現れたのは、野上センパイだった。
その隣には小学生くらいの男の子。
多分、弟だろう。
センパイがまっすぐにこちらを見ている。
その目つきが、どんどん険しくなっていくのが分かった。
「あっ……」
はめられた、三浦に……!
頭が真っ白になった。
どうすればいいかわからず、おれは先輩と男の子の間を割るようにして押しのけて走り出す。
「やっぱりあいつが彰博を……! 待てっ!」
センパイの声が聞こえた。
追いかけてくる足音も聞こえる。
くそっ、三浦を出し抜いてやろうと思ったのに、その三浦にしてやられるなんて……!
走りながら、あいつがほくそ笑んでいる顔が目に浮かんだ。
あいつはおれに何の恨みがあるというのか。
あれこれ思い返してみても、恨まれるようなことは何一つしていない。
だったら、野上センパイからだって逃げる必要はなかったんじゃないのか……。
冷静になって立ち止まる。振り返ってもセンパイはいなかった。
安心したのもつかの間、自転車を本屋の前に停めたままだったことを思い出し、ため息を吐く。
結局、戻らないといけないのか。
センパイ、おれを追うのをやめて家に帰ってくれてればいいけど。
そんなことを考えながら来た道を戻る。
道中で思考を整理する。
そもそもなぜ、センパイがあそこに現れたのだろう。
おれはサボったけど、センパイは普段なら部活に出ている時間のはず。
弟に何かあって、それで先に帰ったのだろうか。
いや、一見しただけだが、弟がけがや病気をしているようには見えなかった。
さて、次にセンパイに会ったらなんて言おう?
おれは犯人じゃないと正直に話すべきだろうか。
話したところで「言い訳」に聞こえてしまうだろうか。
逃げた時点で怪しまれるのも当然だけど、無実の罪を科されるのはごめんだ。
うつむいて歩いていると、突然足下に犬が寄ってきたのではっと顔を上げた。
「こら、シャイン、だめじゃないの!
ごめんなさいね……。
……あら? たしか大津さんのところのお孫さん。
学校はもう終わったの? お帰りなさい」
「犬の名前がシャインってことは……」
「ああ、私は『喫茶シャイン』の店長の娘。山元です。
お婆さんには何かと贔屓にしていただいてありがとうございました。
ほんとはちゃんとご本人にお伝えするのがいいんでしょうけど」
山元と名乗ったおばさん(おれからすれば母親世代はみんなおばさんだ)に突然そんなことを話しかけられて戸惑う。
世間話は苦手だ。
「なら、何でお店を閉めて、あっという間に更地にしちゃったんですか。
ばあちゃん、未だにお店に行こうとしてるんですよ」
落ち着きかけていたイライラが再燃し、ついキツい口調で言ってしまった。
おばさんは驚いたような顔をしたが、すぐに「そうよね」と言った。
「でも、それが父の遺言だったのよ。
贔屓にしてくれるお客さんには申し訳ないけど、年寄りはいつか引退して若い人に場所を譲らなきゃいけない。
だから、自分が死んだら店は潰して若い人の役に立つことを始めてほしいって」
今度はおれが驚く番だった。
ばあちゃんが行き場を失ってかわいそう。
おれはずっとそう思っていた。
でもシャインの店長はもっと広い視野で物事を見ている、そう思わされた。
「ちなみに、もう跡地で何をするか決まってるんですか?」
興味本位で尋ねてみる。
答えはすぐに返ってきた。
「放課後に児童を預かるサービスをしようと思っているの。
いろいろ手続きは必要なんだけど、地域のためにと思って少しずつやってみるつもり。
働くママさん、増えてるからねぇ」
自分の店にこだわらず、次の世代にバトンを渡す。
そういう潔い生き方があるのか。
――おまえに何ができる?
再びハヤトの言葉がよみがえる。
果たして、おれに何ができるだろうか。
本当におれがしたいことは一体何だろう。
野球?
ばあちゃんを救うこと?
それとも……。
「急に話しかけて迷惑だったわねぇ。
それじゃあこれで、失礼します」
おれが悩み始めたのを知ってか、おばさんはさっと話を切り上げて散歩に戻っていった。
おれにできること、か……。
少し考えて、一つだけ答えを出す。
野上センパイにおれの無実を正直に話そう。
そして、部を立て直す。おれの力で。
⚾ ⚾ ⚾ ⚾ ⚾
✨今日も、最後まで読んでくれてありがとうございます✨
✨今年もますます自由に、創造的に、共に生きていきましょう!✨
よろしければ、スキ&フォロー&ほかの記事も読んでみてね!
サポートもして頂けたら小躍りするよ!
あなたに寄り添う、いろうたのオススメ記事はこちら↓