【連載小説】「好きが言えない3 ~でこぼこコンビの物語~」#4 祖母
⚾【前回のお話 #3 双子】
ここまでのあらすじ
K高野球部3年の野上路教(のがみみちたか)は、部長を任されたもののチームをうまくまとめられず悩んでいた。
そんな時、弟が「部の誰かに殴られる」という事件が起きる。
自ら名乗り出てほしいと訴えるが、容疑者と名指しされた三人の間で疑り合いが始まる。
容疑者の一人、大津理人(おおつりひと)は、大好きな祖母に双子の兄の名で呼ばれるようになりイライラしていた。
部長が嫌いでこのごろは部活動も休みがち。
自分が何をしたいのかもわからなくなっていた……。
4
一人でぼんやりと自転車をこぐ。
可能な限り遠回りしたつもりなのに、気づけば家の近くまで来ていた。
何も考えていなくても体は家までの道を覚えていて、勝手におれを連れ帰ってくれる。
いや、覚えているのは脳のほうか。
「あれ……?」
意識が現実に戻ってきた矢先、見覚えのある人物が立っているように見え、自転車を止めた。
「ばあちゃん? 何してるの、こんなところで」
「ああ、ハヤト。
あたしね、コーヒーを飲みに出てきたんだけどお店の場所が分からなくなっちゃって。
変よね、毎日のように通っているのに」
「……おれ、理人」
「あら、よく見たら理人だねぇ。目の端にほくろがある」
「わかってんじゃん……」
おれが自転車を押しはじめると、ばあちゃんがほっとした様子で話し始める。
「よかった、理人に会えて。
ねぇ、『シャイン』に連れて行ってくれないかしら?
理人なら知ってるでしょう?」
「いや、そこはもう……」
ばあちゃんが通い詰めた喫茶「シャイン」は店主が老齢で亡くなったため先月閉店し、すでに更地になっている。
ばあちゃんにも何度か伝えているが、認知症のせいか記憶できないらしい。
「ばあちゃん、夜のコーヒーは寝つきが悪くなるってテレビで言ってたよ。
だから、今日は帰ろう」
「そんなの嘘よ。
あたし、コーヒーのせいで寝付けなくなったことなんてないんだから!」
「……わかった。それじゃ、家で飲ませてあげるから。そうだ、おれが淹れるよ」
「えー? 理人が? ……まぁ、そういうんならお願いするわ」
その返事を聞いてほっとする。
こう見えて、ばあちゃんのためにコーヒーを淹れるのだけは得意だったりする。
ばあちゃんの足が自宅方面に向いたので、おれもそのまま自転車を押し歩き出す。
するとばあちゃんが子供みたいに言う。
「でも、やっぱり『シャイン』のコーヒーが飲みたかったなぁ。
今日はそういう気分だったんだけど、まぁ、理人のコーヒーで我慢するわ」
「……悪かったなぁ、おれのコーヒーで」
ばあちゃんは昔からはっきり言う人だったが、少なくともおれに対してこんなふうに言ったりはしなかった。
おれが何をしても、「理人は頑張り屋さん。おりこうさん」と言って頭をなでてくれる。
そんなばあちゃんが好きだった。でも今は……。
「ただいまー。ばあちゃん連れて帰ったよ」
「えっ! 本当!?」
家の奥からバタバタと音がして、母が玄関先に顔を出す。
そしてばあちゃんの姿を見るなり「ほっ」と言って微笑んだ。
「今、お母さんも捜しに出そうかと思ってたところなの。
理人が見つけてくれた助かったわ、ありがとう。お手柄ね!」
「たまたまだけどね」
そう返事はしたが、ほめられて誇らしい気持ちになった。
「それで、おばあちゃん、どこにいたの?」
「『シャイン』に行こうとしてた。
でも店がなくなったこと忘れちゃってたみたいで、うろうろしてた」
「そう……」
母は複雑な表情をし、それからばあちゃんが靴を脱ぐのを手伝い始めた。
おれはその脇をさっとすり抜け、部屋に入る。
「同じ顔」が、リビングで何食わぬ顔をして座っていた。思わず舌打ちをする。
「なんで探しに行かなかった? ずっと家にいたんだろう?」
「やみくもに探しても意味がない。
それにばあちゃんだって散歩くらいするだろう?
何をするにも心配してついていったら迷惑がられるのは目に見えてる」
「は? 何言ってんだよ。バカか? ハヤトは」
おれとお前の区別もつかないくらいの認知症状があるっているのに、何をのんきなことを言ってるんだよ?
これだから頭でっかちは。
「ばあちゃんのこと、心配じゃないのかよ?」
「そりゃあ心配だけど、心配したところでぼくたちにはどうしようもないことはある」
「……サイアク」
目の前にいるのは本当に実の兄なのか? 受け入れたくない。
「じゃあ聞くけど」
今度はハヤトが問いかけてきた。
「理人は自分に何ができると思ってんの? 教えてくれよ」
「そりゃあ……。出かけるときは行き先をちゃんと確認したり、症状が改善する方法を探したり……」
「本当にできると思ってる? 高校生のお前が?」
「……できるよ。やってやる……!」
「バカはそっちだろ、理人」
おれの言葉にハヤトはそう言ってため息をついた。
「あのさ。いくらばあちゃんっ子だからって、そこまでばあちゃんの人生に干渉しなくてもいいんじゃないの?
理人には理人の人生があるんだからさ」
「何を分かったような口を」
「お前よりはわかってるつもりさ。
おれはお前と逆で、勉強なら得意だからな。
最近はもっぱら、哲学本ばかり読んでるんでね」
「ちっ、くだらねぇ! くだらねえんだよ!」
カッとなって、本棚の本を手当たり次第に投げつける。
騒ぎを聞きつけ、母が飛んでくる。
「もうやめなさい、理人!」
止められてもなお、手が勝手に物をつかんでは放り投げてしまう。
こうなるともう、自分でも止められないんだ……。
その時。
「はい、これでおしまい」
目の前で、ばあちゃんがパンッと手を叩いた。
我に返る。
「ばあちゃん、おれ……」
声が震えた。
その手がこちらに伸びてきて思わず身を縮める。
「理人は優しい子。ばあちゃんの自慢の孫だよ」
頭をなでられた。いつもの、温かい手だった。
そうだよ、おれは、理人だよ。
ちゃんとわかってるなら、どうして間違えるんだよ。
おれとハヤトを、もう間違えないでくれ……。
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