【考察】友人との会話は長く続くのに、他の人との会話は続かない理由
先日、遠方に住む短大時代の友人と電話でおしゃべりをした。何を話したか、思い出そうとしても思い出せないくらい他愛ないことなんだけど、もうすっかり恒例になって三ヶ月に一度、三時間ほどの会話を楽しんでいる。
なぜこんなにも続くのか。改めて考えてみると、単に氣があう、考え方が似ているだけではないことに氣付く。
一つは、無言の時間を許容し合える点。
私たちは音声のみで話す。お互いの顔は見ない。もっと言えば見る必要がない。その分、話に集中できる。ただし、相手と共有できる視覚情報がないから、話している内容が一段落したあとは沈黙の時間が訪れる。それも、たびたび。
それでも氣まずくならない、と言うか、早く何か話さなきゃ……(;´Д`)!! と思い悩まなくても大丈夫、相手は待っていてくれるという安心感がお互いにある。
これが出来る理由はおそらく、相手の顔が見えていないから、と言うのが大きいと思う。基本的に私は目を合わせて話せないが、会話が途切れたらもっと挙動不審になってしまう。それは、本当に氣まずい瞬間である。
二つ目は、お互いに氣が回る点。
上記のことに加え、基本的にお互いが「聞き役」なので、相手の話を遮ってまで自己主張しようというのがない。そして何より、否定しない。これが、長くおしゃべりできる一番のポイントだろう。
私の家族(特に母親)は大抵そうだが、対面で話す際、私の話を最後まで黙って聞いてくれる人はほとんどいない。ほとんどが自分の話(それも「ちょっと聞いてよ!」的な内容)ばかり。これは本当に、聞かされる身にもなっておくれよ……と言いたい。それが度重なるともう、私はその人とは話したくなくなる。今は、どうしても話さなきゃいけないときは聞き流すに徹することにしている(自己防衛のために!!)。
……話を戻そう。要するに、友人とのおしゃべりにはそれがない、と言うことだ。自分が話すタイミング、相手が話し終わるタイミングが電話越しで分かる。ある種、そういう能力がお互いにあるからストレスが少ない(気遣いすぎて同時に発話する、と言うことはある💦)。本来、会話とは互いの話を聞きあうことのはず。私たちは「音声通話」を通して互いを思い遣っているから、おしゃべりが定期的に続くのだと思う。
三つ目は、必ず「宿題」を課す点。
電話をし始めた当初は四十歳を迎える直前だったから、「このまま何も考えずに過ごすのは良くない。四十歳になったら何か新しいことを始めよう!」というところから毎回、「次に電話で話すときまでに○○を報告し合おう」(○○は、新しく始めた趣味や習慣)といって通話を終えるようになった。別に本当に始めていなくてもいい。そう言って自己成長を誓い合う、そういう姿勢で話すことに意味がある。ちなみに今回の「宿題」は、「実生活に役立つスキル(料理など)を身につけよう」だ。
直接聞いたわけではないが、友人もおそらくHSP気質なのだろう、と思う。身の回りにはやはり少ないから、若いころに同じ氣質の友人と出会えたこと、そして今日に至るまで関係が続いていることに感謝したい。これからも「落ち着いて、間をも楽しみながらしゃべる」ことを意識しながら彼女との関係を継続していきたい。
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