【連載小説】「好きが言えない3 ~凸凹コンビの物語~」#15 キャッチボール
ここまでのあらすじ
三浦は大津に自らの犯行を認める発言をした。
一年生から活躍してきた大津への嫉妬心からの行動だった。
その後も続く悪質行為に激高した大津は三浦を暴行してしまう。
そのために野球部は二週間の活動停止処分を受け、路教は頭を悩ませることとなる。
15
テスト週間でもないのに弟より先に帰宅するなんて今までなかったかもしれない。
だから、クラブ活動を終えて帰宅したあいつがおれの姿を見てぎょっとしたのも無理はなかった。
おれの顔にはあちこち傷がついている。
何かのトラブルに巻き込まれたと想像するのはたやすいだろう。
「兄貴、部活は……?」
弟が小さな声で言った。
「いろいろあってな。
活動停止になった。だから二週間は休み。
……そうだなあ、たまにはチェスでもやるか。
おまえ、好きだろう?
付き合ってやってもいいぞ」
「……それってひょっとして僕のせい?
僕が兄貴に助けを求めなければ……」
「バカヤロー!」
大きな声を出してしまってから後悔した。
ごめん、とつぶやく。
「……謝るやつがあるか。
部内でちょっとしたトラブルがあった。
それだけのことだよ。
この傷だって、部長として騒ぎを収めようとしたとき出来ちまっただけ。
おまえが気にするようなことは何もねぇんだ。
なに、たったの二週間じゃねえか。
ほんのちょっと我慢すりゃいい話だ」
「……兄貴は背負いすぎじゃない?
部長、部長って……」
ドキリとして言葉を失う。
弟は続ける。
「部長になってからの兄貴は野球を楽しめてないように見える。
僕は、うるさいけど馬鹿みたいに笑ってる兄貴の方がいい」
「馬鹿みたいに……か」
普段のおれなら反論していただろう。
でも今はそんな気力すらわいてこない。
彰博はさらに続ける。
「今の兄貴はさ、チェスで言うなら、味方がいるのに一人で動き回ってるキングみたい。
全体が見えてないっていうか……。
盤上を見渡せば必ず打つ手はあるんじゃないかな……」
「全体を、見る……!」
おれの止まっていた思考がにわかに動き出す。
おれはずっと「よき部長であるために何が出来るか」の一点しか考えてこなかった。
そんなことでチームをまとめるなんて無理に決まってる。
――練習も試合も出来ないなら辞める。
後輩はそう言った。
――野球部がなくなったらマジで困る。
祐輔も言っていた。
みんな、野球がしたいと思ってる。
だったら、やればいいだけのことじゃないのか?
格好つけるんじゃなくて、おれが一言「やろうぜ!」って言うだけでよかったんじゃないのか?
それだったら今すぐにでも出来る。
何も気負うことはない。
一つの案が浮かぶ。
活動停止を言い渡されたが、それは学校内で部として活動することを認めないと言うことであって、校外で個人として練習する分には問題ないと言い換えることも出来る。
メニューはもう出来ている。
場所は違っても、それぞれが「今できること」をやることは出来る。
やる気がわいてきた。
「おまえのチェス好きが役に立つ日が来るとは思わなかったけど、今回ばかりは助かったよ」
礼を言うと彰博は、ほっとしたような困ったような顔をした。
「僕だって責任感じてるんだ。
早く日常が戻ってきてほしい、そう思ってるよ」
「……うん、おれもそう思う。
大丈夫、きっと、すべてうまくいく」
「出た、超ポジティブ思考」
「おう、切り替え早いのがおれのいいところだろう?」
その言葉に彰博は笑った。
*
バットを持ち、学校脇の親水公園に向かう。
おれのメニューでは朝練で、校庭三周と守備練習をすることになっている。
校内でやることを想定して作ったから活動禁止中に出来ることは限られる。
しかし、内容を変更してでもみんなが野球をしている実感が持てるなら、素振りでもキャッチボールでも好きなことをやればいい。
バットを一振りする。
ちょっと怠けている間に下手くそになっていた。
一日休むと三日の遅れ、っていうもんな。
去年の夏の一番いいときには、バットを振ったときの音が違っていた。
またそこまで持って行かなきゃ試合で活躍することなんて出来ない。
とにかく一回でも多く振る。
バッターボックスに立ち、ピッチャーの投げる球を打ち返すイメージを持って。
無心になって振っていると、川の方から人影が見えた。
その人が「センパーイ」と言いながら近づいてくる。
「大津が二人……?」
目を凝らしてじっと見つめていると片方が口を開く。
「本屋の前で会ったんでしょ? こっちは兄のハヤト。
目の端にほくろがある方がおれ、後輩の理人」
「ああ、そういえば双子だったんだっけな。
……それはそうと、兄弟そろって朝からこんなところで何してたんだ?」
川から歩いてきた二人は、真夏の小学生みたいに半袖短パン姿だ。
「まさか、泳いでたの……?」
「んなわけないっしょ。
こいつを探してたんっすよ。
ハヤトが手伝ってくれたんで、今度はちゃんと見つかりました」
大津の手には濡れたミットが握られていた。
昨日の殴り合いの原因は、三浦が大津のそれを川に投げ捨てたことにあると聞いている。
「そうか。
おまえの命の次に大事なもんが見つかったか。
おれにも声かけてくれたら探したのに」
「何言ってんすか。
昨日、あれだけ馬鹿にしたセンパイに頼めるわけないっしょ」
「まあ、それもそうだな」
「センパイこそ、ここで何を?
バットなんか持っちゃって」
今度は大津が尋ねてきた。
「見りゃわかるだろ。
素振りだよ、素振り。
校内では禁止されたけど、個人的に練習する分にはかまわないだろうと思ってな」
「なるほどねぇ。
そんじゃ、おれもやります。
センパイのやり方にどこまでもついてきますから」
昨日とはまるで反対のことを言うので驚いた。
「どういう心境の変化だ?
人のことを散々馬鹿呼ばわりしていた人間の台詞とは思えないな」
「んー、まぁー、いろいろあったんっすよ」
「すべてあなたのおかげです。
理人もぼくも、あなたの言葉に救われた。
ありがとうございます」
隣にいた兄貴の方がそう言うと、大津はばつが悪そうに空を仰いだ。
おれは少し考えてから、本屋の前で大津の兄貴にした話を思い出す。
「あー、もしかして『しないで後悔するより、して後悔しろ』って話のことかな。
実はあれ、担任からの受け売りなんだ。
おれもあの言葉で変われた気がする。
だから、立ち止まってる人見たら使ってみようと思ってさ。
早速効果があったなら、また誰かに教えてあげよっと」
「たとえそれが受け売りだったとしても、
あなたの口から発せられたことに意味があったのだとぼくは思います」
「……兄貴の方は弟と違って理知的だなぁ。
礼儀も正しいし。
本当に双子の兄弟なの?」
「センパイ! 兄弟で比べられるのが一番嫌いなんっす!」
大津がこちらをにらんだ。
なるほど、大津の気の強さはここにありそうだ。
おれはバットを置き、そばにあったバッグからボールを取り出して大津に投げた。
大津は瞬時にミットを構え、受け止めた。
「よし。
おしゃべりはこの辺にして練習しようか!
どこまでもついてきてくれるんだろ?」
大津がにやりと笑う。
「仕方ないなぁ。そう言われたらやるしかないっすね」
「素直じゃねーなぁ」
そのとき大津の兄がはにかみながら言う。
「……あの、ぼくここで見学していてもいいでしょうか。
実は野球というものを間近で見たことがなくて」
「へぇ。野球見たことないの?
兄弟なのに本当に性格が違うんだな。
いいよ、もちろん。
弟の雄姿、しっかり見てってくれ」
「やめてよ、センパーイ。そういう言い方は」
「せっかくだから見せつけてやれよ。
おれたちの野球を、魂ってやつをさ」
「……なーに格好つけてんだか」
大津はそう言うなり、おれに向かって全力投球した。
捕球の音があたりに響き渡る。
大津の兄が目を丸くしたのがわかった。
「なぁ。今度はちゃんと試合見に来てくれよ。
そうしたらもっとすごいもんを見せてあげられるから。
そうだろ?」
弟の方の大津は、照れているのか「早く投げてくださいよ」と言って返事をしなかった。
それから朝の予鈴が鳴るまでおれたちのキャッチボールは続いた。
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