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「それではこれから、一枚の絵をお見せします」|小説『変な絵』
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「今でこそ、こうして学生のみなさんの前で、講義をさせていただいている私ですが、以前は心理カウンセラーとして、たくさんの方たちのカウンセリングを行ってきました。この絵は、私がカウンセラーになりたての頃に担当した、一人の女の子が描いた絵のコピーです。彼女の名前を、仮に『A子ちゃん』としましょう。A子ちゃんは、11歳のときに、母親を殺害して警察に補導されました」
心理学者・萩尾登美子が、大学の授業の教材として見せた一枚の絵。
女の子と、家と、木と、木の中に鳥がいる絵。
これが、全てのはじまり。
「佐々木さん。最近、情報収集のほうはやってます?」
栗原が神妙な顔で言う。『情報収集』とは、言ってしまえば『オカルト系の作品を見たり読んだりする』という意味だ。
「いや、時間がなくて全然だな。映画も本もネットも見れてない」
「じゃあ、いいの教えてあげますよ。実はこの前、変なブログを見つけたんです」
「ブログ? どんなの?」
「『七篠レン 心の日記』っていう、一見、普通のブログなんですけど、なんか不気味っていうか……色々おかしいんです。怖さは保証しますから、ぜひ読んでみてください」
ブログに綴られた、男性の謎めいた言動と、イラストレーターである妊娠中の妻が描いた絵の謎。
男性の妻の描く絵に書かれた数字の意味。
オカルト好きの大学生・佐々木が見つけたものとは。
「今日の午後、クラスでお絵描きをしたんです。もうすぐ母の日ですよね。だから、プレゼントとして『お母さんの絵』をみんなに描いてもらったんです。それで……えーと、これが優太くんの絵なんですけど……」
手渡された画用紙を見て、直美はぎょっとした。
右端に描かれた二人の人物は、優太と直美だろう。真ん中の建物は二人の住むマンションだ。階数、部屋の数、入口の場所など、かなり正確に再現されている。人間と比べて、マンションが小さすぎるのはご愛敬として、奇妙なのはその上部だ。
最上階の真ん中の部屋が、灰色でぐちゃぐちゃに塗られている。
そこは、直美たちの住む部屋だ。
父を亡くした保育園児・優太が母の日に描いた、灰色に塗られた自宅マンションの絵。
そして、優太の失踪。
警察を呼ばない“ママ”・直美の事情とは?
1992年9月21日、L県K山の山中で、男性の遺体が発見された。被害者は付近に住む41歳の男性・三浦義春。高校の教師をしており、担当科目は美術だった。
遺体には、多数の刺し傷と暴行の痕があり、殺人事件として捜査が開始された。警察の調べにより、三浦は20日から21日にかけてキャンプを行うため、K山を訪れていたことが判明した。
現場には、三浦が描いたと思われる絵が残されていた。
キャンプ中に殺害された美術教師がレシート裏に残した絵の謎。
時効間近の事件を再び追うことに決めた、新聞社の総務部に勤める三浦のかつての教え子・岩田と、大病を患い総務部へ来た元記者・熊井。
彼らがたどり着いた真実とは?
それぞれの謎が少しずつ関わり合い、輪郭を表す、一連の事件の真相とは?
9枚の絵が繰り広げるホラー・ミステリー。
人気WEB作家の2作品目。
著者は 雨穴
Wikipediaには
日本のウェブライター、ホラー作家、YouTuberである。本名や素顔だけでなく、地声も非公開の覆面作家である
確かに、作家として知っていた、というよりは、私もウェブサイトでこの方の記事を読んで知っていました。
本書は、雨穴の書籍化2冊目の作品。
1冊目は『変な家』で、現在、コミカライズ連載中、映画化も決っている人気作品です。
2作とも「変な〜」となっていますが、これは著者が自分の作品のほとんどに使っているタイトルスタイルで、繋がっている作品ではなく、それぞれ独立した作品です。
出版社は 双葉社
発売は 2022年10月
意外と正統派スタイル。
前回の『変な家』が、著者・雨穴を思わせる体験談的な語り口で来たので、今回も同じかと思ったら、通常の小説スタイルだったので、まずそこに驚きました。
形式は、それぞれ章で主人公が変わり、各々の視点からその事件を語るオムニバス形式。
それ自体は珍しいものでもないし、昔からある手法なので意外性はないかも。
ただ、WEBで人気になった人だけあって、話の切り上げ方、というか展開のテンポがとても上手。
こう、間延びした、というか中弛みするタイミングがなく一気読みできる作品です。
多分、最近のなろう発の小説もそうですが、WEBで小説を書いていた方は、読み手のリアクションや人気を直接可視化して観察しているので、人の飽きるタイミングや、食いつくエピソードを差し込むのがとても上手なんでしょうね。
雨穴さんの作品は、普段あまり小説を読まない方にもオススメできる作品です!
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