一杯のコーヒーと一冊の本
毎日が、テストや課題に追われる怒涛な日々。
疲れてしまった。
わたしは弱い自分に負けた。
今日は久しぶりに学校を休んだ。
家族には「風邪っぽい」と言ったけど、なんだか心がやけに疲れている。
それに比例するように、身体も疲れている。
なんだかすべてが散々に思えてならない。
テストで1ページ飛ばしてしまったわたしにも苛立ったし、昨日家帰ってすぐ寝てしまった自分にも苛立った。
我ながら情けない気分でトイレからなかなか出れずにいた。
それから布団に戻り、SNSを見漁る。
すぐ傍にある本に手を伸ばしたいのに、手は勝手に画面をスクロールしている。
取り憑かれたみたいだ。驚くほど何も面白くない。
次第に飽きてきて、それからわたしは本を読み始めた。先日買った「本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む」である。
わたしはこの本にある文豪の小説を読んだことがなかったから、みくのしんさんとかまどさんの副音声つきでとても面白く読めた。
みくのしんさんの新鮮な反応とかまどさんの冷静なツッコミは本当に面白くて、テスト前に読んでテスト中に思い出して笑いそうになったほどだ。
みくのしんさんって本当にすごいんだと思う。みくのしんさんの持っている感情も共感力も心底羨ましい。彼の頭を覗いて本を読んでみたくなってしまう。わたしには到底あんな読み方を出来ないや。
ところで、わたしは本が好きである。
だけど、わたしは自ら好きになった人間では無い。幼い時からの母の読み聞かせが功を奏してわたしはきっと本好きになったんだと思う。
しかし、たくさんの本を読めば、好きな本もあれば嫌いな、いや、面白くないと感じてしまう本もできた。
そんな時、わたしは自ら何故評価されているのか理解しようとしなかった。口コミを見漁って面白いところを知る。というような読解力のどの字もない読み方をしていた。
雨穴さんの最後の物語はわたしのそんな本体に迫ってくるものだった。
小説というものは一定の距離感があり、そして、核心に迫ってくるものがある。と、わたしは捉えている。そこがゾッとするところでもあり、わたしのような人が居るんだとほっとするようにも思える場所である。
そして、罪悪感に押し潰されそうになりながら、このままだとわたしが明日も休んじゃうのは目に見えてたから、夕方には外に出た。
優しい冷たい空気はわたしのニットを吹き抜ける。暗いくなった街の空気は凛としていて、わたしはこういう時間が心底好きだと感じた。
お目当ては本屋とスーパー。
そして、隣接しているスタバである。
2冊の心に優しそうな本を買い、オーツミルクラテのファンなのでスタバに寄った。あったかくて安心する優しいお味。カフェイン飲めないから、ディカフェ最高すぎ。
なんだか他人と言えど人の営みを見るとほっとするのは私だけだろうか。
生き返った気分だった。
さて、おこがましい話ですが、現代を生きる皆さん、休みたい日って絶対ありますよね。てか昔の人も休みたい日は絶対あったと思う。
それなのに、仕事も学校も休まず生きる皆さん、とても素晴らしい。本当にすごい。
一杯のコーヒーが励ましてくれたり、癒してくれたり、いや、コーヒーじゃなくてもいいんですよね、美味しい晩御飯でも、好きな人でも。
忙しい日々でも人間らしい生活をわたしは失いたくないな。
てことで今日は、こんなわたしを許してくれた誰かに感謝して明日のテストに備えて寝ようと思います。
ここまで読んでくれてありがとうございました!