本の世界の愛あるガイドブック│『人生を狂わす名著50』三宅香帆
本の世界は私たちの世界のようにどこまでも広い。
私の本の世界の歩き方は、
家(私)とお気に入りの決められた場所(本)の往復
ときどき生活に使うものを買いにいく(実用書)こと。
あらたに有名な観光地(名著)とか人のおうち(エッセイ)やお店や遊び場(小説や物語)にいくことはほとんどない。
あまり旅行とか冒険をせず安心な気持ちでいたいのだ。
たとえ、行かなくても生きていける。
とくに社会人になってからはその傾向が強い。
読書には時間がかかるし、かならずしも読んでよかったと思えるかどうかはわからないから、打算的に考えてしまう。
私のお気に入りの本を楽しむだけでいいのではないか、と。
だけど、今の私は本の世界へ旅に出たくてウズウズしている!
そう思えたのは岸田奈美さんの『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』に出会い、久々に新しい著者の方で好きな本ができたこと。
そして、岸田奈美さんのキナリ読書フェスの
「かんたん読書感想文講座 岸田奈美×書評家・三宅香帆さん」というyoutube動画により三宅香帆さんを知ったことが大きい。
三宅香帆さんの現在のプロフィールは以下の通り。
1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。大学院時代の専門は万葉集。大学院在学中に書籍執筆を開始。現在は東京で会社員の傍ら、作家・書評家として活動中
(なんだか、すごい人だ。それでも三宅香帆さんが話されている動画をみる私と同世代であり頭の良さを武器に偉ぶることもなく親近感を持てた。)
ふたりの語られる本の魅力に私はとても興味をひかれた。
その中で、キナリ読書フェスの課題図書である『銀河鉄道の夜』を選び
はじめて読んでその世界にどっぷりハマった。
新しい本とか有名な本でもめちゃくちゃ面白いじゃん!
知らなくても生きていけるのだけど、
心を豊かにしてくれる。
さまざまな考えを知ることで、
何気ない日常も発見の日になる。
そういうわけで、
私は本の世界へ旅行したくなったのだ。
しかし、本は無数にあるし、
しょっぱなから迷子である。
図書館に足を運んでみたもののよく分からない。有名どころもありすぎる。
困った。
そこで、現実の旅行のことを考えると、とくに外国に行くときはガイドブックで何があり何が見所か知ったうえで目的地を決めていくものだ。
そっか、今の私には「本の世界のガイドブック」が必要だ。
本の世界の愛あるガイドブックとの出会い
そんな折に「読書の秋2020」の存在を知り、たくさんの課題図書をずらっとみるのでも参考になったのだが、
その中から選んだのが『人生を狂わす名著50』である。
三宅香帆さんの存在は知っていても、著書をまだ読んでいなかったこともある。
それと、いわゆる名著は気になるけどとっつきにくい印象。それでも、
三宅香帆さんの紹介なら読んでみたいものが見つかるかもしれないと思ったからだ。
まず、三宅香帆さんの読書に対する想いはこのようなものであった。
私にとって、読書は、戦いです。
そういう発想が私には無かったので驚きもあった。
どういうわけだろうか。
三宅香帆さんは、
本はいつも「ここまで来れば、こんな世界を見られるよ」と教えてくれます。その世界を、とても詳細に、魅力的に。
だけどそこへ自分がたどり着くのは、現実世界では、案外きつい。
と言う。そして、
だけど、恐ろしいことにたまに「運命の神様」に出会うことがあります。
(中略)
そのとき、私は戦います。その神様と。
「いや、私は人生こう生きてるんだから!簡単にこの場所をから動いたりしないんだから!」
だけど。負けるときは負けます。
こうなってしまえば私の人生はその本そのものです。その本をもっともっと理解したくなるし、その本に背くような人生は送りたくない、って思っちゃう。
なるほど、そういうことであったのか。
またその思いの先には、
どんなにまともさを手放しても、人生狂っちゃうくらいおもしろい本に出会えることは幸せなんだもの。
三宅香帆さんは「本」という存在に人生を振り回されながらも、とても深く愛しているようだ。
その言葉に嘘はないようで、そこかしこに彼女の本への愛と熱量が伝わってくるので紹介文を読んでいるだけでも楽しい。
私はひとがイキイキとしているのをみるのがとても好きだ。
おいしそうにご飯やおやつを食べる人。
なんでもない遊びに夢中の子ども。
汗をかいてひたすら前に進むランナーのおじさん。
ありったけの本への愛を伝える三宅香帆さん。
みんな、それぞれの”好き”を生きている。
素敵だ。
それでは、私がとくに行きたくなった(読みたくなった)目的地(本)を3つあげたい。
本気の美しさをみたいあなたへ
『美しい星』三島由紀夫|美は善VS美は呪い
(このように本のタイトルにどのような人におススメか一目でわかるようにしてくれているので選びやすい。そして、どのような価値観や規範が狂わされるのかを三宅香帆さんなりに説いている。読者vs作者という構図だ。作者がどういう人であるか一言で想像が広がり、新鮮であると思った。)
私自身、三島由紀夫の名前は知っていてもその人となりについても作品も全く知らなかった。ただ、これを書いている今が没後50年ということもありネットやテレビで三島由紀夫の話題に触れることが多かったので気になる存在であった。
また、三宅香帆さんは決して三島由紀夫が好きということではなく、いまだによくわからないというのが本音らしい。だが、これだけ自分の思想や美学を「本気で」信じている人は三島由紀夫以外にいないとも評している。
そして唯一彼の作品で好きだといえる『美しい星』は
孤独な思想っぷりを文学にぶつけた結果、「いややっぱりどうかと自分でも思うんだけどさ……でもやっぱり俺は本気でこう思うわけよ、誰がわかってくれなくてもいいんだけど!」なんて言う彼の気配が感じられるところが、いい。
と語っている。どのような小説なのだろうか。
『美しい星』は、三島由紀夫作品唯一といっていい「SF小説」である。埼玉県のある一家が「空飛ぶ円盤」を見たことで自分たちが「宇宙人」であることに気付く。そして、本当は自分たちが宇宙人であることを隠しながら、核兵器の恐怖による世界滅亡の危機を救おうするという話らしい。
それでは、救うためにどのように一家は行動を取るのか。
父は各地で講演会を開催したり、母はフルシチョフに手紙を書いたり……そんなことをしているうちに、娘・暁子の妊娠が発覚する。しかし暁子は「自分は処女懐児だ」と言うのだ。金星人は、そうやって子孫を増やすのだ、と……。
あらすじだけでもとても面白く感じたのだが、ここから更に三宅香帆さんなりの小説の読み方や物の考え方が人生を狂わせるこの一言を知ることになる。
結局、彼らが本当に宇宙人なのかどうかなんてことは問題じゃない。
彼らがそう「思い込んだ」ことが大事な小説なのだ。
(中略)
他人から見たら「自分たちだけが宇宙人だと思い込んだ一家」なんてキモチルイシしイタイことこの上ない。だけどそれは他人から見た視点であって、家族一人ひとりから見た切実な真実だ。
「切実な真実」と聞くとけっして笑うことのできないその人の生き様が描かれているのかもしれない。
私がこの小説を好きになれるかはわからないが、どのような美しさなのか、三島由紀夫の「本気で」信じていたものは何であったのかとても知りたくなり目的地として決めた。
冒険じゃない冒険を求めている、自称子どもたちへ『クローディアの秘密』E・L・カニグズパーク|
「危険」は嫌vsだけど「知りたい」
この本の存在も初めて知った。しかし、大貫妙子さんの歌『メトロポリタン美術館』の元ネタの本であることに気付いてとても興味がわいた。(そのことに三宅香帆さんは触れていないが)
美術館は私にとって、宝物箱のように胸をときめかせるステキな場所だ。
この本は、そんな宝物箱のような場所、ニューヨークにある「メトロポリタン美術館」に家出をする少女とその弟の話。
それを想像するとかわいらしくもあるしほんわかする。
しかし、それとは真逆ともいえる三宅香帆さんの感想に意外に感じる。
三宅香帆さんにとっての『クローディアの秘密』は人生で初めて「私に寄り添ってくれた本」だそう。寄り添ってくれるというと優しさのようなもの感じるが、寄り添ってくれる本は、危険だともいう。
それは、なぜか
大人になってたとえその本を忘れたとしても、その本の「成分」みたいなものが自分の核の部分にすっかり入ってしまっている
三宅香帆さんは臆病なのに知りたがりという性質を持っているらしく、どちらかだけなら楽なのに、とよく思っていたそう。その「秘密を知りたがる」病がこの『クローディアの秘密』からきているかもしれないと大人になって読み返し驚いたという。
確かに、私も小さい頃読んでいた本に影響を受けたものがあるかもしれない。自分を分析して改めて読み返してみるのも面白そうだと思った。
例えば、『モモ』や『こまったさんシリーズ』や『子どものための哲学対話』ほかにもたくさん出てきそうだ。
この著書を読んでいるとほんとうに次から次と自分の読みたい本が出てくる。
本が本を呼ぶというのを体感できる。
また、三宅香帆さんの
(ちなみにたくさんの人に「私のことが書いてある」と思わせる作品が「名作」の条件なのだと知るのは、もうすこしあとのことである)
という言葉があるのだが、なるほど。
私はこの言葉で初めて知った。
みんな自分と重ね合わせて読んで探しているんだ。
『人生を狂わす名著50』は隅から隅まで初めて知ることの連続ばかりなのである。勉強にもなって、たくさん本の入り口まで提示してくれるという一石二鳥な本。
三宅香帆さんは橋渡しの名手だ。
この世でいちばん切ない小説を読みたいあなたへ『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ|生きるってすばらしいvs生きるってかなしい
50冊にも及ぶ本の紹介の大トリを飾ったこの本。三宅香帆さんにとって今この世界でいちばんの傑作だと思える小説だという。
私はこの本を知らなかった。
ドラマでやっていたようなことはちらっと覚えているがあらすじは知らない。
タイトルからすると重たい恋愛もののような印象受けるので、紹介がなければ手を出さなかったかもしれない。
まっさらな状態で三宅香帆さんの紹介文を読む。
その中で、三宅香帆さん人生観みたいなのが語られるのだが、私もすごく共感できた。
人生を続けるのは、死ねない理由——つまりは大好きなものや愛着を持つものを増やすことであって、だったら生きるのってけっこう楽しいことだよな、と私はいつも思っていた。
でも、この本を読んで三宅香帆さんのその思いは変わったというのだ。
人は死ぬのだ。
当たり前だ。
命が有限だなんて知らなかったよなぁ、と今になって思う。
「わたしを離さないで」という言葉は単なる重たい願望ではなく、「生きたい」という希望かもしれない、と私は感じた。
私自身は、生きる意味というのを子どもの頃からよく考えていた。
自分のことが大嫌いで存在しなければよかったのに、と思うこともあったし
この人のために何が何でも生きなきゃいけなんだ、と思うこともあって。
これからも私の中でどう生きていくのかというのは考え続けるだろう。
それでもいつか必ず私にも誰にでも平等に死はくるという現実。
その現実を考えるのは少し勇気がいることなのだが、三宅香帆さんのこの言葉で私は目的地としてこの本に決めた。
「死にたくない」と叫ぶ誰かに、ぎゅっと寄り添う人がいるだけでそこにあたたかい何かが生まれる。(中略)
寄り添ってくれる人のことを、カズオ・イシグロは丁寧に描いてくれる。
大切な人の守り方を私は知りたい。そして、その大切な人が失い人生に絶望したとしても「生きていてよかった」そう思いたいのだ。
そのヒントとなるものが『わたしを離さないで』にはあるような、そんな気がする。
三宅香帆さんのあとがき
あとがきで印象に残った言葉がある。
本っていう神様が、「だいじょーぶ、もっとキツイことしてる人はたくさんいる!」とか「こう戦えばいいんだよ!」とか教えてくれる。
「ほら、こっち来なよ。」って誘ってくれたりする。
だからこそ、あなたがきついときやつらいとき、誰もそばにいないとき。どうか、本だけでもそばにいてくれますように――そんな願いを込めて、私はこの本を書きました。
私の好きな本たちが、いつかあなたを助けてくれますように。
三宅さんの本への愛とともに読者への愛も感じた。私はその愛を受けとり、本の世界の愛あるガイドブック片手に旅を楽しんでいきたい。
そこで、どんな想い出がつくられ、人生観は変わるのかワクワクしている。
上にあげた3つのほかにも、いろいろな場所(本)を旅したいと思ったし学べることがほんとうにたくさんあり、選ぶのでも迷ってしまう。
それでも本のいいとことは、いつまでも待ってくれている、好きな時に自分のタイミングでいい、ということ。
逃げないでそこにいてくれる。
「あなたがくるのを待っていたよ、会えて嬉しいね。」
そんな風にいってくれる本と出会えたらとても幸せだ。
三宅香帆さんはその幸せを運ぶ本のキューピットなのかもしれない。
それぞれの人が愛する本
そして、私は家族や色んな人の愛する本はなにかとても知りたくなった。
そこには私の知らなかった家族の顔やそれぞれの想いがあるはずだ。
もしかしたら、人生を狂わすほどの衝撃もあったかもしれない。
私にとって新しい本でも、その人それぞれの記憶があると思うととても感慨深い。
ちなみに私の人生が狂わされたと思えるほど愛する本は『スキップ』北村 薫だ。
内容紹介
昭和40年代の初め。わたし一ノ瀬真理子は17歳、千葉の海近くの女子高二年。それは九月、大雨で運動会の後半が中止になった夕方、わたしは家の八畳間で一人、レコードをかけ目を閉じた……目覚めたのは桜木真理子42歳。夫と17歳の娘がいる高校の国語教師。わたしは一体どうなってしまったのか。独りぼっちだ――でも、わたしは進む。心が体を歩ませる。顔をあげ、《わたし》を生きていく。
中学生の時に出会い、衝撃を受けた。
そんなこと、考えもしなかった。
タイムワープやタイムスリップはよく目にするが、何の前触れもなくある日突然なのである。それは、恐怖であろう。
普通ならその謎を解明しようとドタバタが起こりそうだが、この小説は違う。ただ、たんたんと丁寧に「日常」を切りとっているのだ。
そして、主人公の強さに感動を覚える。
何重の日々や選択をする中で未来の私はいる。もし、その未来の私に何かの拍子でスキップしてしまったとして、その生き方に私は納得できるのであろうか。「日常」を送ることができるのだろうか。
スキップしないにしても明日にでも、私の人生は終わる可能性はある。
そう思うと今、当たり前にあるすべてのものが愛おしいし大切に生きたいと思える。私にとってかけがえのない本である。
そういえば、私の好きな本や気になる本はどうやら「SF小説」が多いことに今書いていて気付いた。自分の想いを言葉にすると、気付けかなったことが見えてくる。そんな「読書感想文」の良さも実感できる本は素晴らしいものだ。
最後まで私の読書感想文を読んで下さったみなさんの愛する本は何でしょうか?
本の世界をたどっていく楽しさを教えて下さった三宅香帆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます!
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