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白いじいさまの不思議

幼いころには多くの不思議な体験をする。大人とは世界の見え方が違うからであろう。初めて見るもの、知らないものがたくさんあるからかもしれない。もしくは、空想、思いこみ、勘違いがまざり合って不思議な体験をしたと感じるのかもしれない。

白いじいさまに遭遇したのは、僕が子どものころである。季節は夏であった。

夏休み

夏休みの子どもたちはとても忙しい。午前中は虫取りや、神社の境内でBB弾探し、午後は川で泳ぎ、魚取りもしなくてはならない。その帰り道には、小さな商店の駄菓子コーナーにみなで集まり、さまざまな作戦をねる必要もある。

「やはり基地は木の上に作ろう」だとか「カズがいちばんかっこいいな」「シジマールは手の長さが2メートル近くあるらしいぞ」「デストラーデのほうが強い」などと白熱した議論をかわすのが日課である。

夕方近くになっても休むひまはない。自宅周辺の警備任務である。木の棒をブンブン振り回して、悪者がやってこないか見張りをするのだ。

「残弾数確認!」神社で拾ったBB弾をかぞえていると、祖母がやってきた。野菜のお裾分けをしにいくので一緒にこないか、と言うのだ。「任務変更!」僕は祖母の護衛任務に就くことにした。

幼なじみのセバスチャン

架空の敵を次々と倒しながら、近所の一人暮らしのおばさんの家まで祖母を護衛する。お裾分けを渡すと、祖母とおばさんは世間話を始めた。これは長くなりそうだな、と僕は引き続きおばさんの家の警備をすることにした。

「敵影多数! しまった、囲まれた!」などと、スリリングな展開を演出していると「なにしてるの」と女の子の声がした。ひとつ年上のセバスチャンだ。なんだか照れくさかったので「べつに……、練習」と言って木の棒をブンブン振り回した。

セバスチャンは、本当はツバサちゃんという名前だ。そのころ再放送されていた『アルプスの少女ハイジ』に、セバスチャンという人物が登場する。ツバサちゃんとセバスチャンの発音が似ている、というのが由来である。

セバスチャンは、おばさんの家の近くに住んでいる。縄跳びの二重跳びをしていたところ、僕が敵に囲まれて騒いでいたので、何事かと様子を見にきたのだ。

「さっき、そこの沢にカニがいたよ」と、セバスチャンが教えてくれた。おばさんの家のすぐそばには、小さな沢が流れている。「本当!? でかい!? つかまえよう!」僕たちはサワガニ探しをすることにした。

サワガニ探しの子どもたち

サワガニは、沢の中の石の下に潜んでいる。僕たちは次々と石をひっくり返しサワガニを探した。小さなものや中くらいのものをたくさんつかまえた。石で囲って小さなプールを作り、その中にサワガニたちを放した。

「でかいやつはいないな」と言う僕に、大きなサワガニはきっとかしこいから簡単には見つからないのではないか、とセバスチャンが教えてくれた。幼少期はひとつ年が違うだけでも、すごく年上のように感じる。僕は、さすがセバスチャンだ、と感心した。

僕たちは、大きなサワガニの気持ちになって潜みやすい場所を探した。しかし、なかなか見つからないのであきてきてしまった。子どもは世界でいちばん熱しやすく冷めやすい生き物である。

白いじいさま現る

「食べる?」セバスチャンがガムを取り出した。「ブラックガムだ……。大人がたべるやつでしょ」ミント味の辛いガムだ。周りの子どもたちに、そんなものをたべるものはいない。口が痛くなるからいいや、と断った。

その時である、僕たちの後ろから「こんな時間に子どもがなにをしている」と、しかりつけるような声がした。時刻は午後5時をすぎていた。当時、子どもたちは、午後5時半までには帰宅しなくてはならないルールがあった。

ふり返ると、白い着物、足もとは下駄、白髪頭に白い髭の老人がいつの間にか立っていた。近隣の住人はほぼ全て知り合いだが、初めて見る人物であった。

僕が「カニ、とってた」と言い終わらないうちに、セバスチャンが「5時半まではまだ少し時間があるし……」と少し弱気な反論をした。老人のしわくちゃな顔が険しくなった。

「こんな時間に子どもだけでいてはいけない」老人は怒っているようだ。僕は少し怖くなってセバスチャンの顔をチラリと見た。セバスチャンはいつもと変わらない態度で、僕の祖母がすぐそこのおばさんの家の玄関先にいること、セバスチャンの家が近くにあることを説明した。

老人はしばらくの間、黙ってセバスチャンの顔を見つめていた。「そうか。しかし、早めに帰りなさい。この時間に子どもだけでいてはいけない」そう言うと「カランコロン」と下駄を鳴らして、どこかに去って行った。

その後ろ手には、草刈り用の鎌が握られていた。

白いじいさま事件、その後

翌日、小さな商店の駄菓子コーナーで、僕とセバスチャンは件の老人について意見を交換した。お互いの家族の誰もが、そんな老人は知らないようだ。

季節柄、お墓参りにやってきた人なのではないか、とセバスチャンが言った。僕は「遅くまで子供が遊んでいると、白いじいさまがきてさらっていく」と祖母が、そのまた祖母から聞かされたことがあるらしいと伝えた。

それ以降、老人が現れることはなかった。誰かが出会ったという話を聞くこともなかった。

セバスチャンが小学校を卒業すると、僕たちは一緒に遊ばなくなった。そういうものなのだろう。時が過ぎ、セバスチャンは進学で西の方へ旅立っていった。翌年、同じように僕は東の方の都会に向かった。

かつての、サワガニ探しの子どもたち

夏休みになると僕は帰省をした。川では子どもたちが遊んでいた。神社の境内で、BB弾を探す子どもは見あたらなかった。小さな商店は店をたたんでしまっていた。

サワガニを探した沢は相変わらずサラサラと流れていた。記憶より小さな沢だった。ふと、あの老人のことを思い出した。もしかしたら、夢の中の出来事だったのではないか。もしくは、空想、思い込み、勘違いがまざり合って不思議な体験をしたと感じたのかもしれない。

「ヴォヴォヴォ」と、二人乗りのオートバイが通り過ぎていった。スポーツタイプの大きなオートバイだ。僕は興味があったが、まだオートバイの免許を取得していなかった。

もっと古くさくて機械みたいなオートバイがいいな。などと考えながら彼らを見送った。ところが、僕の10メートルほど先でそのオートバイが止まった。後ろに乗っていた人物が、オートバイを降りてこちらに向かってくる。

道に迷ったのだろうか、と観察していると、その人物は「久しぶり」と言ってヘルメットを脱いだ。セバスチャンだった。

「帰省でしょ、私もよ」セバスチャンは昔と変わらない話し方だった。なんだか照れくさかったので「まあね……」といったような、青くさくぶっきらぼうな返事をした。

「あれ私の夫。結婚したの」と、スポーツタイプのオートバイにまたがっている人物を指差した。彼女の夫はヘルメットのバイザーを上げて、コクリと頭を下げた。僕もコクリと返した。

他愛のないような話を少しすると、またねと言って彼女はスポーツタイプのオートバイの後ろにまたがった。チラリと僕の顔を見ると、夫に何か合図をして走り去っていった。

その夏、僕はオートバイの免許を取得するため、教習所に通った。

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